身体や心と向き合う「コロナ禍のライフシフト」 自己実現派だった私が「生活」を取り戻すまで

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今の状況を見る限り、このまま経済界が利益優先主義を追求し続けると、社会全体が不安定になることは必至のように見えます。そんな中、企業に、従業員やベンダーをステークホルダーとみなして重視する「ステークホルダーキャピタリズム」にコミットする企業が増えてきました。企業にこうしたシフトを選択させるのは、従業員のアクティビズムや世論です。コロナウイルスがもたらした危機的局面を、変革をもたらすドライブにしようという社会の意志が働いているのを感じています。

新著のタイトルに「We」という言葉を使ったのは、この変革を目指すドライブの中に、共同体としての「We」という意識が強くなっていると感じているからです。全体主義的な「We」ではなく、社会を構成する人たち一人ひとりの多様性を認め、全員の権利や安全が保障される世の中を作ろう、という社会のムードが、パンデミックによってさらに進行したと思うのです。

私の超訳ライフシフト

もし私が、ライフシフトを超訳するとしたら、「自分に優しく、周りに優しく」でしょうか。 『ライフシフト』では、心身の健康や人間関係が無形資産と位置付けられていましたが、この裏には、現代人の生活を圧迫するものとして、不健康や孤独の存在が大きくなっているという事実が存在します。そして、こうした状況は、コロナ禍においてより切実さを増しています。

ロックダウンに入ったときに、まず考えたのは、自分の精神的・肉体的なメンテの必要性です。ピンチをチャンスに変えようと思い、できた時間を、料理や栄養、自分の精神と向き合うことに使うことにしました。自分の精神の健康は、自分の持つ人間関係と密接につながっています。自分に満たされた気持ちを与えてくれるのも人間関係だし、自分の精神が健康でないと、他人に優しくすることができなくなってしまう。

とくに考えたのは「インナーピース」や「セルフラブ」のことです。人生というジャーニーで遭遇する出来事ってしんどいことだらけですよね。おまけにパンデミックというクライシスを生き抜かなければならない。いかに、平和な気持ちを保ちながら生きていくか、そのためには、いかに自分を愛し、許すか、そしてどうやって豊かな人間関係を築き、維持していくのか、そういうことを改めて考えました。

もう1つ自分の中で大きく起きたシフトは、社会との物理的な接触が少ない生活をしたことで、より自分が「共同体」の一部であるという意識が高まったことです。

自給自足ができない限り、食材からエネルギーの調達まで、なに1つ自分たちの力だけではできないし、属する地域のインフラがあるから生活することができる。それについて改めて考える機会を得たことで、社会の一員としての責任を実感し、地域住民として自分にできる貢献についても考えるようになりました。

これまで、自分の自己実現を最優先で生きてきましたが、危機が起きたことで、自分の考え方にもシフトが起き、これまでより積極的に社会に関与したいという気持ちが生まれたのだと思います。地域活動やアクティビズムに参加することで、これまで感じたことのない充足感を体感できたことも大きな収穫になったと思っています。

佐久間 裕美子 文筆家(在ニューヨーク)

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さくま ゆみこ / Yumiko Sakuma

文筆家。1973年生まれ。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社などでの勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題まで幅広いジャンルで、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆する。著書に『Weの市民革命』(朝日新聞社)、『真面目にマリファナの話をしよう』(文藝春秋)、『My Little New York Times』(NUMABOOKS)など。ポッドキャスト「こんにちは未来」(若林恵氏と)、「もしもし世界」(eri氏と)やニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。

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