ミステリで「怪しい人物」が犯人ではない根拠 読者が読み慣れると当たってしまうことも

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ミステリの中で犯人はどうやって設定されているのでしょうか(写真:Alexei Novikov /PIXTA)
読むと書くとは表裏一体。書き手の視点を知れば、ミステリは飛躍的に面白くなります。長年、新人賞の下読みを担当し、伊坂幸太郎氏、道尾秀介氏、米澤穂信氏らと伴走してきた新潮社の編集者、新井久幸氏が上梓した『書きたい人のためのミステリ入門』を一部抜粋・再構成し、ミステリにおける犯人設定の裏側を解説します。

もう随分と前の話になるが、単行本の部署に異動してすぐ、密室をテーマにしたアンソロジーを担当する機会があった。初めて担当するミステリだったから、それはもう張り切って内容紹介やオビのコピーを考えたのだが、その中で「意外な犯人」というフレーズを使ったら、上司に「なんだこのコピーは!」と怒られた。

曰く、「ミステリなんだから、犯人が意外なのは当たり前だ。そんな当たり前のことじゃなく、もっと別のことを書け」

なるほどなあ、と思った。そうなのだ。あからさまに怪しい人物が犯人だったら、ミステリは面白くも何ともない。一見そう思えない人、悪事から遠そうな人が犯人だから面白いのだ。

ミステリ上級者なら当たってしまうことも

だが、それで綺麗に騙されてくれるのは、ミステリを読み始めの初心者か、犯人を当ててやろうとは露ほども思わない有り難い読者くらい。多少なりとも読みつけてくれば、「こんなに怪しげに書いてあるってことは、おそらく犯人じゃないな」と裏を読んでくる。場合によっては、「一番犯人っぽくないから、こいつが犯人かな」と、妙な当たりを付けてくるかもしれない。そしてその予想は、結構当たってしまったりもする。

大事なのは、そこに到る手掛かりや推理の過程であって、当てずっぽうで名前だけ当てられたところで、こちらは痛くも痒くもないのだけれど、でもやはり、ちょっとは悔しい。いや、寂しい、が近いかもしれない。

「犯人を当てる」だけがミステリの楽しみではない、と思って作家は小説を書いているだろうし、編集者もそう思って本を作っている。とはいえ、ミステリを読むモチベーションとして、「誰が犯人なのか?」は、とても大きなものだ。

次ページはじまりは「犯人当て」
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