ミステリで「怪しい人物」が犯人ではない根拠 読者が読み慣れると当たってしまうことも

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こうした謎が設定されると、誰が犯人なのか、以外にも興味が向くし、それこそ当てずっぽうで犯人が分かったところで、作品の面白さが殺(そ)がれることもない。そして、フーダニットとハウダニットのハイブリッド的なミステリが隆盛を極めていくのだが、ここでまたしても壁に突き当たってしまう。

ミステリは、「与えられた手掛かりを論理的に組み上げれば、矛盾なく唯一の真相に到達できる」ようになっていなければならない。謎解きは、自然界の法則を超えられないのである。

ドアを通り抜けられる人間や、念力(サイコキネシス)を使える人間がいれば密室はいかようにも作れるが、それでは読者は納得してくれない。

時間的に不可能な犯行にはトリックがある

『書きたい人のためのミステリ入門』(新潮新書)書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

ジョン・ディクスン・カーの「密室講義」をざっと眺めてもらうだけでも、「世の中には、こんなに沢山密室を作る方法があるのか」と驚くだろう。そして今現在も、「密室」を売りにした新刊は多数刊行されている。

しかし、たとえ科学技術の進歩によって密室を作る方法が増えたとしても、自然の法に逆らわず作れる密室には限りがある。移動手段にしても、瞬間移動やワープができるわけでもなし、時間的に不可能な犯行には、裏に何らかのトリックがあるのだ。現代科学では、人力で空間は歪められないし、時間も操作できない。結果、ハウダニットにも、限界が訪れるのだ。

この辺りから、謎解きの面白さを追究する道は、大きく2つに分かれたように思う。
「ホワイダニットWhydunit(Why done it)」という方向と、「叙述トリック」という方向だ。この両者は、現在の大きな流れと言っていいだろう。

新井 久幸 編集者/新潮社出版部文芸第二編集部編集長

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あらい ひさゆき / Hisayuki Arai

1969(昭和44)年東京都生まれ、千葉県育ち。京都大学法学部卒。在学中、推理小説研究会、通称ミステリ研に所属していた。93年、新潮社に入社。「新潮45」編集部、出版部を経て、2010年から6年間「小説新潮」編集長を務めた。現在、出版部文芸第二編集部編集長。『書きたい人のためのミステリ入門』が初の著書。

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