大手企業の「東京脱出」がなかなか進まない背景 一方でベンチャーは地方移転の検討増える

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市町村レベルでの誘致支援策も各地で実施されている。東京から新幹線で1時間20分の長野市には「長野市企業移転・移住支援金」の制度がある。令和3年3月10日までに県外の3人以上の法人が長野市に本社移転または事務所を設置すれば、移転支援金300万円、社員1人移住につき50万円(上限5人)を支援するというもの。

最大550万円の支援だ。6人の場合は、他の制度との併用で、最大1100万円の支援となる。これまでに1社が確定し、2社が申請中、2社が申請前段階だという。

人口減が続く長野市だが、光明は差し始めている。昨年は移住者が48人、今年はそれを上回るペースだという。コロナ禍での移転を通じ、さらなる人口社会増を図りたいところだろう。コロナ禍をチャンスに変えるべく全国各地の自治体が企業誘致合戦を繰り広げているのだ。

地方移転のメリットを強調しがち

問題は企業移転が決まったときの社員の立場、環境である。本社機能の一部移転などで希望者だけで済むという状況ならともかく、移転に伴い望まない移住をせざるをえなくなったとき、すんなりと応じられるのだろうか。

「メディアは地方暮らしでコロナ禍の感染リスクが低下する、自然豊かな環境でのびのび暮らせる、生活コストが下がるなどメリットを強調しがちです。パソナの淡路島移転でも好意的な反応が目につきました。

でも、実際に移住となったら、コトはそう単純ではありません。配偶者が都内企業に勤務しているケース、子どもが私立の一貫校に通学しているケース、マイホームを手に入れたばかりのケース、両親の介護に追われているケースなど社員個人にはさまざまな事情がある。

会社のBCP最優先で社員が犠牲になるのは本末転倒です。移転企業は事前にケア、フォローをどこまでできるのか、待遇面の変化はあるのか、社員に対し納得のいく説明が必要でしょう」(経済ジャーナリスト)

本社移転ともなれば一時的な転勤とはまったく異なる。東京圏での生活を基盤にした人生設計を根底から変更せざるをえなくなるのだ。そんな事情が、上場企業の地方移転が進まない背景の1つにあるのかもしれない。むしろ、ベンチャーや中小企業が地方に移転して活躍の場を広げ、大きく羽ばたいていくほうが可能性が広がるかもしれない。

地方自治体にとっても、大規模な企業の移転のほうが目先の直接的効果は大きいかもしれないが、ベンチャーや中小企業との時間をかけた付き合いのほうが、お互いの活性化にとってプラスになるのではないだろうか。

新型コロナウイルス感染拡大という前代未聞の災禍を通じて、企業と社員、そして地方自治体がどんな関係を構築していくのか。新たな可能性を秘めた取り組みが全国各地で広がっていきそうだ。

山田 稔 ジャーナリスト

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やまだ みのる / Minoru Yamada

1960年生まれ。長野県出身。立命館大学卒業。日刊ゲンダイ編集部長、広告局次長を経て独立。編集工房レーヴ代表。経済、社会、地方関連記事を執筆。雑誌『ベストカー』に「数字の向こう側」を連載中。『酒と温泉を楽しむ!「B級」山歩き』『分煙社会のススメ。』(日本図書館協会選定図書)『驚きの日本一が「ふるさと」にあった』などの著作がある。編集工房レーヴのブログも執筆。最新刊は『60歳からの山と温泉』(世界書院)。

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