翌朝、父親は通隆さんを車に乗せて民間の精神科病院に向かった。主治医は統合失調症の可能性があると告げ、患者の同意がなくても強制入院させられる医療保護入院となった。
一方、入院当初は3カ月の予定だった入院期間は、2週間余りに短縮され2月25日に退院することになった。通隆さんのカルテを見ると、入院中の通隆さんは記憶がなくなるという症状が続いていたが、暴れた様子はない。裁判の中で主治医は、「とても話しやすく質問もしっかりしてくれる方だったので、対応するのは問題なかったです」と証言している。
通隆さんに異変が起こったのは、退院前日のことだった。病院のカルテには、「まったく行動自制できず衝動性が強い」と記されている。通隆さんは保護室に隔離され、抗精神病薬を注射された。抗精神病薬に加え、抗不安薬や睡眠薬も投与され、薬の量は入院してから最大量になった。さらに、医師の指示ではじめて手足と胴体を拘束された。身体拘束をしなければいけないほど、かつてない興奮状態に陥っていたのだ。
放り出されるような退院
その日面会に訪れていた父親は、通隆さんに会えないまま帰ることになった。翌日の退院は無理だと思ったという。
ところが翌日、通隆さんは予定どおり退院することになった。退院前日は当直医が対応したため、通隆さんが暴れた様子を主治医は直接見ていない。翌日、診察した主治医は、身体拘束を受けた状況について「普通ではないなとは思いました」と裁判で証言。慎重な判断が必要な状況だったことは認めているも、退院を判断した理由について、「何をしたかも覚えていた。僕が外来を終わって見たときも大丈夫だったので、大丈夫だと判断した」と証言した。
父親は退院時をこう振り返る。「こんな状況で退院できるのかと不安を訴えても、主治医は立ち話程度の短時間しか会話に応じてくれませんでした。『薬を飲んでいれば問題ない』と言われるだけでした」。
両親は通隆さんが高校生のときに離婚。退院後に看病できるのは、一緒に暮らしていた父親しかいない。通隆さんの入院当初の入院診療計画書には、退院前に行う支援として「退院前訪問看護を実施する」「地域生活支援サービスの利用調整を行う」などの項目にチェックが入っている。しかし、退院前にこうした支援が行われることはなかった。
父親からしたら、まるで病院から放り出されるような退院だった。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら