自殺した28歳ボクサーの父が精神病院と闘う訳 早期退院→病状深刻なのに再入院認めなかった

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病院に取材を申し込んだが、係争中という理由で回答は得られなかった。裁判の中で病院は、退院日には精神状態が改善していたことから退院の判断は間違っていないと主張。自殺は退院後1カ月経過し、ほかのクリニックを受診していたことから、医師と病院側の責任を否定している。

主治医は、裁判に提出された陳述書で「再入院はできないとは伝えていません」と主張している。しかし、8月24日に開かれた裁判で証言台に立った主治医は、「3カ月は再入院できないというルールは、どこでどのように決まっているのか」という裁判長の質問に対し、「たぶん病院だと思います」と答えた。

父親の代理人である大前治弁護士はこう話す。

「退院当日に主治医が診察したのは、薬によって一時的に抑制されていた状態だ。退院前日に爆発的な精神状態になったのにもかかわらず、主治医は十分な再検討をしなかった。しかも、在宅治療に必要な退院時の支援もいっさい行っていない。退院の判断を誤ったことから始まり、再入院を拒否し、さらに退院前日の状態を紹介状に書かずにほかのクリニックへ転院させた。病院の対応と通隆さんの自殺は、一連の因果関係がある」

薬でしか治療しない

裁判で提出されたカルテでは、通隆さんの具体的な症状や内面についての記載はない。カルテから明らかになったのは、薬が増量される過程だ。退院の前日、通隆さんが飲んでいた薬は最大量になっていた。それは当時、父親にも知らされていない事実だった。

「診察中も主治医は通隆から話を聞こうともしませんでした。薬を与えることだけが、精神科の治療といえるのでしょうか」

父親は、医師が病院の都合を優先し、薬しか選択肢がない精神医療に疑問を投げかける。次回は通隆さんが服用していた向精神薬の問題について、検証していく。

(第7回に続く)

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井艸 恵美 東洋経済 記者

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いぐさ えみ / Emi Igusa

群馬県生まれ。上智大学大学院文学研究科修了。実用ムック編集などを経て、2018年に東洋経済新報社入社。『週刊東洋経済』編集部を経て2020年から調査報道部記者。

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