過去5年で最多、「クマ出没」が増えた意外な真相 「エサが凶作」だけが原因でない

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これをどう読み解けばいいのか。横山教授は次のように解説する。

「西日本の多くの府県は、2000年代に絶滅のおそれがあったクマの特定鳥獣保護管理計画を作りました。兵庫県の場合、イノシシ用の罠に間違ってかかったクマを殺さず、唐辛子スプレーなどをかけて人間や人里を嫌いにさせて放獣する『学習放獣』を導入し、できるだけ殺処分数を減らす取り組みを実施してきました。その中で『このクマは何歳なのか』『栄養状態はどうなのか』『繁殖状況はどうなのか』といったデータを取ることができました」

麻酔で眠っているクマ(写真:兵庫県森林動物研究センター提供)

「クマを保護・管理すべき対象として扱っていた西日本と違い、東日本ではクマの数がそれなりにたくさんいると言われてきたので、狩猟獣として扱われていました。たくさんいるから、たくさん獲る。

西日本と比べると、特別に施策を打つということがなかったので、増えているのか、増えていないのか精度の高いデータがない。データがないのでよくわからないまま、有害捕獲数だけが増えていきました」

全国のクマの捕獲数は2008〜2010年度の3カ年平均が2409件、2017〜2019年度の同平均が4607年と、10年で約2倍に増えた。特に増えているのが秋田県で、2008年度の46件に対し2019年度は10倍以上の533件に達している。

急増するクマの推定生息数

西日本と東日本の差について、横山教授は続ける

「秋田県は2016年度までクマの生息数に関し、1000頭前後の個体数であると推定していました。ところが2020年度の推定生息数は4400頭。わずかな間で急増しています。クマが増加したと捉えるより、生息数を長い間、過小評価してきたのではないかと捉えるべきだと思います。

これまで『人里に出てくるから獲る』という対応をずっとやってきたのですが、その対応では、クマの増加力に負けているのではないか。私はそう考えています」

「兵庫県の場合、学習放獣する前に取るデータや有害捕獲した際の解剖調査データの蓄積で、従来考えられていたよりもクマは繁殖力を持っているということがわかり、個体数が増加傾向にあることもつかめました。推定生息数800頭を超えたと判断し、2012年度からは学習放獣をやめて、人里に出てきたクマは捕殺するようにしています。2016年度には狩猟も一部解禁されました。

今年10月には、石川県のショッピングセンターにクマ1頭が搬入口から侵入する事態が起きた。人間の生活圏の中心部分に、野生動物が徐々に近づいているように映る。

「個体数が増え、分布が拡大してくると、『パイオニア(開拓者)』と呼ばれる、どんどん新天地を探し求めるタイプの個体が出てくるんです。普段は行かないような開けた土地に突発的に出て、クマもパニックになる。

クマは視力が非常に悪く、白黒にしか見えていないので、建物の入り口が暗く見えることがある。森の中の暗がりだと思いこんで、人家や納屋、倉庫に入ることはよくあるし、ショッピングセンターに入り込んだのもそういう理由だったからかもしれません」

日本人と野生動物の攻防の歴史は、最近に始まったことではない。江戸時代にはイノシシによる農作物の被害がひどく、人々は田畑のそばに建てた小屋の中で鉄砲を持って寝ずの番をしていた。

青森県八戸市では、1700年代に冷害とイノシシによる獣害が重なって起きた「イノシシケガジ(ケガジは飢饉の意)」という言葉が語り継がれている。長い年月をかけて田畑を守り抜き、人間の安全な生活圏を地道に拡大していく。それが日本の歴史でもあった。

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