過去5年で最多、「クマ出没」が増えた意外な真相 「エサが凶作」だけが原因でない

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日本人と野生動物の関係を横山教授は次のように説明する。

「野生動物は獣害を引き起こす一方で、貴重なタンパク源でした。毛皮もニーズが高かった。太平洋戦争直後ごろには一度、人間がほぼ獲り尽くしているんですね。そうした中で、戦後日本の経済活動はスタートしている。野生動物のことは考えなくてよかったわけです。

人家の前に現れたツキノワグマ(写真:兵庫県森林動物研究センター提供)

1960年代以降は工業化が進み、都市に人が集まっていきました。つまり、人が山に入らなくても生活できるようになった。動物たちの生息地域を奪っていたけど、人間がそこを使わなくなった。だから山の状態は非常に良くなり、逆に野生動物の生息域が拡大する状況になったわけです」

日本各地の里山では少子高齢化、過疎化が急速に進んでいる。住民が食べていた柿の木は実がついたまま放置され、畑を守る若い人材は急速に減っている。かつては、クマが人里に出るとその多くが殺されていたが、今では人間のほうが逃げていく。

横山教授によると、クマが「人間は怖い生き物ではない」と学習している可能性があるという。「人間と農地を奪う動物たちとの緊張関係を作り上げていかないと共存はできません。野生動物の個体数を低密度に抑えておかないと、なすすべがなくなるんです」と話す。

新しいポストや職業を創設すべき

ではどう対策すればよいのか。

「ハード面では、防護柵やクマ対策の電気柵で集落や田畑を囲う。設置に対しては公的な補助がありますが、維持・管理には補助制度がないところがほとんどです。設置から5年もすれば維持・管理しないと柵は傷んでいき、イノシシたちはその部分から突破してきます。

したがって、維持・管理についても公的に補助する必要。野生動物が出ることを前提にした地域運営の仕組みを作り上げていかないと農山村や農産物はもう守れません」(横山教授)

「ソフト面では、都道府県単位で動物のことをしっかり学んで対策を取ったり、地域の人たちに対策方法を教えたりできる『野生動物管理普及員』のようなポストを創設し、その下の市町村には地域住民と一緒に被害対策に組んでいく『鳥獣対策員』の職を創設する。そういう新たな職業人がいないと、動物に負け続けるでしょう」(同)

もし、現場でクマやイノシシに負け続けたら、日本社会、とりわけ都市圏はどんな状況に陥っていくのだろうか。横山教授は言う。

「人間が野生動物を押し返すパワーをつけないと、最終的には都市も守れなくなります。短期的には、クマが出没した地域を調査し、侵入経路になったと思われる藪や河川敷の雑草を刈り、動物が隠れる場所をなくす。

中長期的には個体数や分布域の調査を進めて『どこの地域に出やすいのか』『近隣の個体数の推移はどうなっているのか』というデータに基づき、出没頻度の多い地域の住民に柿や栗などクマを誘引する物を取り除いてもらうなどの策が必要。『動物の数を調べるのにそんなに予算は出せない』という自治体は多いですが、いまが正念場です」

人間への直接的な被害だけではない。野生動物による農作物の被害は2018年度で158億円に上る。農林水産省は「鳥獣被害は営農意欲の減退、耕作放棄・離農の増加(中略)ももたらしており、被害額として数字に表れる以上に農山漁村に深刻な影響を及ぼしている」(野生鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況)と危機感を募らせる。

「われわれの生活は都市だけでは成り立ちません。日本の人口を支えているのは、中山間地域で取れる農産物です。国内の農産物生産を維持していくために野生動物たちの被害から農家も農産物も守る体系を日本全体で作っていく。そのギリギリのタイミングだと思っています」(横山教授)

取材:当銘寿夫=フロントラインプレス(Frontline Press)所属

Frontline Press

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「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年5月に合同会社を設立して正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や研究者ら約40人が参加。スマートニュース社の子会社「スローニュース」による調査報道支援プログラムの第1号に選定(2019年)、東洋経済「オンラインアワード2020」の「ソーシャルインパクト賞」を受賞(2020年)。公式HP https://frontlinepress.jp

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