薄れゆく「日本人の心」は講談で学ぶとよい理由 現代社会に欠落したものが詰まっている

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前出の辻で軍談や講釈を読む「辻講釈」は、雨の日や風の強い日に辻(道)で読んでいても、お客は集まりません。そこで、雨風がしのげる空き部屋や空き家のお座敷を借りるようになります。さらに人気が出ると、より広い場所へと移動し、やがて専用の講釈場が作られる……、このような歴史があります。

寄席や講釈場の原点はお座敷。一つの部屋に集まって、同じ明るさの中で講釈をやりました。つまり、寄席というのは講談師が高い場所で一方的に読み聞かせをするのではなく、「お客と一緒に作り上げるもの」なのです。お客の表情を見て、同じ「呼吸」になるのです。

引けば押す、押せば引く。これを私は「シャボン玉理論」と名付けています。薄さ一千分の1ミリという薄いシャボン玉の膜の中に、お客と一緒に入ることができれば、最高です。呼吸が揃って、一体化しているのを感じます。しかし、ほんのわずかでも、お客の呼吸とずれると、パチンと割れてしまう。それくらいデリケートなものです。

成功するのは、数年に1回あるかないかでしょうか。お客と同じ呼吸になるというのは、そうそうありません。それが何年かに1回くらい、見えないシャボン玉の中にお客と入ることができるのです。

そういうときは、高座を降りた後のお酒がうまいです。成功しやすいのは、観客の多さにも関連があるかもしれません。全体に目が届き、顔がはっきりと見える200人ぐらいがちょうど良いと思います。

講談の根本は勧善懲悪

令和2年(2020年)5月ごろは、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、収録用に無観客で読むことも多々ありました。お客の反応が見えないので、やりづらさはあります。

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ただ、若いころにはテレビ、ラジオの無観客での収録なども随分経験しましたから、驚きません。昔の収録は、無観客のカメラの前で一席やっていたんですから。今では、テレビ収録でも50人程度のお客をスタジオに入れるようになりましたので、非常にやりやすくなりました。

勧善懲悪が根本の講談は、必ず悪が滅びて正義が勝ちます。今は本当に苦労しているのだけれども、やがてその努力が報われたり、理解される日が訪れて、ハッピーエンドに終わります。その過程に男の美学が存在し、夢があるのです。

講談を聞けば、自分自身も負けずに立ち向かう前向きな気になりますし、物語と自分の人生を重ね合わせて、「いつかきっと自分も……」と救われることもあるはずです。講談で勇気づけられることもたくさんあるのです。

夏の風物詩である怪談でさえ、よく考えてみると「めでたし、めでたし」です。幽霊になり、悪を懲らしめ、恨みを晴らすわけですから。

いま、新型コロナウイルス感染拡大などで、元気を失くしている世の中です。つらく苦労している人も多いでしょう。人間は、夢がないと生きていられません。

心に講談があれば、どんなに今がつらくとも最後はハッピーエンドだと耐え忍ぶことができるはず。こんな時代だからこそ、講談の夢の力が必要だと改めて感じています。

神田 松鯉 講談師・人間国宝

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かんだ しょうり / Shouri Kanda

1942年生まれ。群馬県前橋市出身。 講談師・人間国宝。日本講談協会、落語芸術協会所属。日本講談協会では名誉会長を、落語芸術協会では参与を務める。1970年、二代目神田山陽に入門。1973年、二つ目に昇任して「神田小山陽」と改名。1977年、真打ちに昇任。1992年に 三代目 神田松鯉を襲名。1988年、文化庁芸術祭賞を受賞。長編連続物の復活と継承に積極的に取り組み、講談の保存・継承だけでなく、後進の育成にも努める。長年の講談界全体への貢献と功績が認められ、2019年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。

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