人間国宝・神田松鯉が語る「講談と落語」の違い

似ているようで決定的な差がある

高座に上がっている松田松鯉氏(撮影:守屋貴章 撮影場所:お江戸上野広小路亭)
講談師・6代目神田伯山氏の活躍によって、ブームが再燃している「講談」は、落語と比較される機会が多い。では講談と落語はどう違うのか。伯山氏の師匠で人間国宝の大名人、神田松鯉氏の新著『人生を豊かにしたい人のため講談』より、一部抜粋・再編集してお届けする。

講談師は「戦記物」を読んで聞かせていた

講談と落語というこの二つの芸は、まず外見からして違います。どちらも着物姿で登場しますが、講談師は高座に上がると、釈台と呼ばれる文机(ふづくえ)を使います。講談師は昔、講釈師と呼ばれていました。講釈師が使う台なので、釈台と呼んだわけです。

なぜ釈台を置くかというと、かつての講談師は軍記物語の『太平記』『源平盛衰記』といった戦記物を読んで聞かせていたからです。釈台に本を置いていた名残りなのですね。古書に残る講談師を描いた挿絵には、釈台の脇に本を積んで高座を務めている姿が残されています。いつごろから本を置かなくなったのか、定かではありません。

江戸時代中期の講談師を描いた挿絵では本を置いていますから、幕末以降ではないでしょうか。もしかしたら、落語の影響かもしれません。

講談と同時期に流行した落語は、「話す芸」ですから本は置きません。もしかすると、「講談師は覚えもしねえで、本を読んでいる」と落語と比べられたからかもしれない。あくまでも推測にすぎませんが。今でも講談には、軍談物を演じるときには台本を置いてよいという伝えがあります。

あるとき、私が釈台に本を置いて口演したところ、顔見知りから「内容を覚えていないから置いたんだろう」と言われたことがありました。

本を置いてめくるのはパフォーマンスであって、覚えていないわけではありません。昔の講談師であれ、内容はすっかり頭に入っていたはずです。

そういうことが誤解されたり、落語と比べられたりしたことで、もしかしたら本を置かなくなったのではないかと思っています。

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