4年目を迎える頃には仕事にも慣れ、開拓していた世田谷から、新橋や丸の内といったビジネス街まで営業範囲を伸ばしていく。
一方で、一部のビジネスマンたちの横柄な態度に辟易し、過度なセクハラを受けることも増えていった。
「誰でも知っているような有名な企業の方とかって、私の人生で関わることがなかった人たち。それまでも酔っ払いのおっちゃんたちに、エロ系の話を振られて反応を見られることはありましたが、まだ可愛さがあった。
一流企業の若い人たちは、最初からこちらを見下していて、すべてが命令口調なんです。『また呼んでやるから連絡先教えろ』とか、『俺はチケットが使える身分の男だから飲みに行こう』とか恥ずかしげもなく言ってくる。時には人権を踏みにじるようなことを言われたこともありますよ。
そういう人たちから『タクシードライバーをやっているような女をエリートの俺が手に入れられないわけがない』と思われているのは腹が立ちますよ。ネタみたいな話ですが、本当によくあることです」
「100人いたら95人は常識ある乗客です」とも高山さんは言うが、今はビジネス街には極力行かないそうだ。
無理しすぎても長続きしない
「慣れてくると仕事をしなくなるのも業界の特徴」と先輩にもよく聞かされていた。日々の売り上げの浮き沈みが激しいこの職種で、緊張感を保ちながら営業を続けることは心身ともに負担が大きいからだ。高山さんも今は、タクシードライバーになった頃のような熱意は薄れたという。
ただし、手を抜いているわけではない。最近はメリハリをつけるようになった。というのもコロナ禍の今、どれだけ頑張っても急激に売り上げを伸ばすのは難しい。それなら、この状況を活かし将来のために時間を有効活用しようという発想に切り替えた。
「結局、無理してやりすぎても長続きしない。バランスが大切で、それがタクシードライバーの仕事のコツのようなものかもしれません。稼げる月はやるし、そうでない月は流す。かなり時間の融通が利く仕事で、空いた時間をどう使うかがこの仕事のミソかなと思います」
高山さんには現在、結婚を前提に同棲するパートナーがいる。相手はタクシーの仕事を始めて出会った、個人タクシーのドライバーだ。コロナ禍でお互い厳しい状況ではあるが、その分趣味に費やす時間が増えたという。
冬はスキー、夏は2人が大ファンである西武ライオンズの試合観戦を楽しんでいる。消去法的ではあったがタクシー業界を選択したことで、高山さんの人生は豊かになったことも事実ではあるのだ。
「未来の子供のことも考えるようになったし、お互い時間に融通が利く仕事なので子育ての面では分担できることがいいと思うんです。だから、このコロナは我慢の時だと割り切って、耐え忍ぶしかない。5月は、売り上げが最低保障以下のマイナスで終わり持ち出しが出たくらい厳しい。
でもその分、連れとライオンズの試合に行ける時間が増えたし、昔みたいに人生に悲観することはなくなりました。それでも友達には『タクシードライバーです』とはやっぱり言えないかな。世間の見方は、結局そういうものであることも現実なので」
「まさか自分が個人タクシー事業者まで目指すとは思わなかった」と高山さんは何度も繰り返す。それでも一呼吸置くと、「でも、夫婦ドライバーというのもなかなか素敵でしょ」と笑みを浮かべる。それも本心なのだろう。
背伸びをせずに、自分のペースで人生を楽しむ。高山さんにとって、タクシードライバーはそのための良い選択であるといえそうだ。
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