30代の妻を豹変させた韓国社会の壮絶な過酷さ 映画『82年生まれ、キム・ジヨン』が描く実際
韓国の就職活動の過酷さを、瀬地山教授は「公務員試験に何十倍の倍率で応募が殺到します。公務員試験のための予備校がたくさんあって、2年も3年も就職浪人をする。もともと李氏朝鮮時代から学歴主義が強い社会ではあったんですが、1997年のIMF危機の後、セイフティネットが崩壊して、高卒の公務員の仕事にも、大卒が群がるようになった」と話す。
ジヨンが精神を病むほど追い詰められる背景には、「終わりのない就職活動と、その前のものすごい受験戦争がある。韓国では、高等教育を受けさせるところまでは日本より男女平等です。しかし、女性であるジヨンは、大学を出てようやく得た条件の悪い就職ですら、育児のために、あきらめなければならなかった挫折感を抱いている」と瀬地山教授は分析する。
韓国では大学まで母親の役割が重要
デヒョンのお母さんが、息子の将来を邪魔する気かとジヨンに恫喝する背景にも、息子への教育投資をした過去がおそらくあると見る。
「3歳児神話が根強く残る日本では、母親の育児負担は乳幼児期に集中していて、中学校に入れば親の役割はある意味終わりですが、韓国の母役割で一番重要なのは、大学受験に向けた子どもの教育。朝お弁当を3つ持って家を出る子どももいる。夜10時に塾が終わり、お母さんが迎えに来た車で帰って、11時から午前1時まで家庭教師に教えてもらう。塾選びから塾の送り迎えなどのサポートを行うため、子どもが小学校に上がると、仕事を続けていたお母さんも退職するんです」(瀬地山教授)。
韓国では近年、女性が生涯に産む子どもの人数、合計特殊出生率の低下が激しい。2018年には1.0を切って0.98、2019年は0.92にまで下がった。日本は同時期に1.42、1.36である。「世界で1を切っているのは韓国だけ、それも2年連続していて、子育てができない社会になっている」(瀬地山教授)。それは子どもを待ち受ける受験戦争と就職戦争のための、親の負担の重さが影響している。
一方で、儒教的な家族観は根強く残る。1960年代初め、アジア最貧国の1つだった韓国は、その後急速な経済成長を遂げた結果のひずみが家庭にも及ぶ。特に男性の親を大事にするプレッシャーは、日本よりも強い。映画の冒頭、ジヨンたちは正月を迎えるため、ソウルから釜山のデヒョンの実家に帰省している。
「この時期は皆が一斉に帰省するから、『高速道路が駐車場になる』と言われています。通常なら3、4時間で済む道のりが、倍近くかかるんです。しかも、行事のときは手間がかかる料理を、女性総動員で手作りする」と、正月料理のためのジヨンが疲弊する背景を瀬地山教授は説明する。
デヒョンはジヨンが疲れていることを気遣い、声をかけるが、席に座ったまま立って手伝おうとはしない。それは、「ふだんから料理をしていないから、料理をどうやって作ったらいいか、動き方もわからないのだと思います。韓国の男性も、家事時間は日本とあまり変わらず低いですから。もし、男性が正月料理に関わるようになるとすれば、それは日本のおせちのように買うようになったときではないでしょうか」と瀬地山教授は言う。
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