「薬師丸ひろ子」作中の歌声にこもる圧倒的魅力 朝ドラ「エール」の賛美歌が聴く者を浄化した

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薬師丸はできあがった台本を読んで、光子が、キリスト教を信仰しているという設定と、戦場のこの状況を踏まえてこの賛美歌を選んだそうだ。

ドラマのなかでちょうどキリスト教を信仰している関内家は特高の厳しい監視下にあるというエピソードもあり、薬師丸が絶望のさなか、賛美歌を歌いたいと思う気持ちは自分の演じる役について深く考え寄り添ったものであったにちがいない。そしてみごとにドラマで描かれた哀しみを浄化した。

薬師丸ひろ子の歌声が朝ドラを浄化するのは「エール」がはじめてではない。「あまちゃん」(2013年)で彼女が歌った「潮騒のメモリー」はいまも歌い継がれる朝ドラから誕生した名曲になっている。

「あまちゃん」で薬師丸は、主人公天野アキ(能年玲奈 現のん)の母親・春子(小泉今日子)と因縁ある大物女優・鈴鹿ひろ美を演じた。デビュー当時、歌がうまく歌えなくて、春子がゴーストシンガーを務めていたという過去があり、30年経ってから、その贖罪をこめて、自ら歌う決意をする。その場所は、東日本大震災の被害に遭ったアキの地元・北三陸を応援するリサイタルだった。

薬師丸の「潮騒のメモリー」に多くの人が癒やされた

ドラマの舞台となった北三陸で、「潮騒のメモリー」はいまも応援歌となっている。2019年、薬師丸は、震災で不通になっていた岩手・三陸鉄道リアス線が全線開通した折、地元でミニライブを行い、「潮騒のメモリー」を披露、彼女の歌声に多くの人が癒やされた。そのもようは番組『「潮騒のメモリー」薬師丸ひろ子 三陸へ届ける歌声』として何度も繰り返し放送されている。

この歌がこれほど地元に根付いたのは、「あまちゃん」で歌ったとき、薬師丸が実際、被害にあった三陸のトンネルを見て、「犠牲者を悼む意味も込めて賛美歌のように歌いたい」(毎日新聞2017年12月13日 東京夕刊より)と考えたことが大きいのではないだろうか。彼女の実感が歌の強度を高めたのだと思う。

「潮騒のメモリー」を被災地の賛美歌として歌った薬師丸ひろ子が、7年後、同じ朝ドラ「エール」で賛美歌を歌ったことの意味は大きい。戦争や震災など日本人が被った禍をドラマで描き、たくさんのひとたちが共に見てさまざまな思いを胸に刻む。女の自立あり、恋あり、笑いあり、エンタメ要素も多い朝ドラが、薬師丸ひろ子の歌によって「朝の祈り」に昇華されたように思う。

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