41歳で余命知った肺癌医師が遺した死への記録

2001年ブログもなかった頃にPHSで書いた日記

闘病日記はサイト公開の2カ月近く前、2001年1月22日から始まる。

2001年1月22日(月)
「次はブロンコ(気管支内視鏡)ですかね。」
自分のCT像を見て、目の前にいる放射線科医に発した最初の言葉である。
それから、しばらく頭の中が真っ白になった。
そして、最初に浮かんだのは、日航ジャンボ機墜落事故で、家族に走り書きのメモを残した父親のことを伝えるテレビ番組だった。
「あの人に比べたら、自分にはまだ時間がある。」そう自分に言い聞かせた。
(闘病日記より)

微熱や咳などの症状が長く続いていたため胸部CT検査を受けたところ、より詳しい所見を得るために気管支から内視鏡カメラを入れる検査(ブロンコスコピー、略称ブロンコ)を提示された。年に2回は健診で胸部写真を撮ってきたが、それまで異常が疑われたことはない。しかし、長年の内科医としての経験が、この段階で肺がん、それも手術不能なタイプである可能性が高いと伝えてきた。

脳裏に浮かんだ「走り書きのメモ」

そこで脳裏に浮かんだ「走り書きのメモ」とは、1985年の日航機123便墜落事故で犠牲になった50代の会社員男性の胸ポケットから発見された7ページにわたるメモを指す。単独機による世界最悪の航空事故がショッキングに報じられるなかで、このメッセージは世間に別のインパクトを残した。

○○○
○○
○○○(※それぞれ子どもの名前)
どうか仲良くがんばって
ママをたすけて下さい
パパは本当に残念だ
きっと助かるまい
(中略)
ママ こんな事になるとは残念だ
さようなら
子ども達の事をよろしくたのむ
今6時半だ
飛行機はまわりながら急速に降下中だ
本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している
(当時の報道資料より一部抜粋)

123便のドライブレコーダーには、18時24分頃に機体に異常が発生し、墜落した18時56分までのコクピットの音声が残されていた。その間わずか30分強。メモの後半に「今6時半だ」と記載があることから、男性は異常発生直後に手帳を取り出し、いつ終わるともわからないわずかな猶予を使って家族に別れの言葉を書きとめたことになる。

あの人に比べたら──。自分に残された時間は数分、数日というわけではない。その間は生活の質(Quality of Life)を高く保ち、家族と過ごす時間が最優先できるように病と向き合っていこう。

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