F・D・ローズヴェルトという極めて異質な大統領 「ニューディール・リベラリズム」とその終焉
佐々木:ニクソンは「金本位制離脱」や「電撃訪中」など経済、外交面では名を残していますが、内政では何か見るべき実績はあるのでしょうか。
石川:ニクソンの「南部戦略」という言葉があります。共和党はもともと北部の政党で、北部の自由労働者が支持基盤でした。それが次第に金持ちのための政党になり、だんだんと政党としてはジリ貧になっていきます。お金持ちより貧乏人のほうが多いからです。しかし、ニクソンが大統領選挙のときに「南部戦略」、つまり南部を取り込んでいく戦略を立てます。
南部はモンキートライアル(進化論説を学校で教えるべきか否かを争う裁判)があったところです。これには全米の注目が集まりましたが、結局、進化論は教えないことに決着しました。「いかにもアメリカらしい」という出来事ですが、ただ実は今日を考えると非常に重要です。
ローカルメディアによる結束
当時のアメリカの新聞各紙を眺めると、特に北部のインテリ層が読むようなものは、南部、南西部の、いまバイブルベルトと呼ばれているあたりのアンチ進化論者を徹底的にバカにしていました。その見下し方はひどいもので、「もうバカでバカでどうしようもない、遅れた地域、いつの時代を生きている連中なのか」といった辛辣さです。このようなインテリ層の傲慢はいずれ報復を受けることになりますが、とにかくアンチ進化論者たちは、当面の間、政治的・社会的表舞台から締め出されます。
ただ、その間に彼らは何をやっていたかといえば、ローカル放送局での情報発信でした。ローカルメディアはアメリカでは昔から盛んで、ローカル紙、ラジオからはじまり、それからケーブルテレビができましたがその特徴は多チャンネルです。
日本的な意味での放送権法という概念がありませんから、小さな放送局が無数に出現しました。自分の好きなチャンネルを見て、自分のコミュニティー同士で情報を交換して、モンキートライアル以降、自分たちの意見が聞いてもらえなかった長い期間に、彼らは強固な岩盤のようなコミュニティーを作っていったのです。
そして、彼らにはファンタジーがありました。「悪の勢力がアメリカを侵食しようとしている」という幻想です。その「悪」とはソ連であり、社会主義者たちであり、外国人であり、黒人であり、そしてその背後には「知識人たち」がいるのですが、そのような燻りが南部に押し込められていたところ、ニクソンが選挙政治のリアリズムの観点から、こうした南部諸州を選挙の舞台に上げることになりました。
いわゆるキリスト教福音派、キリスト教原理主義者、白人至上主義者といった人々の意見が、この「南部戦略」を契機として、政治の表舞台に立ったんですね。それがちょうど70年代の「反省疲れ」と相まって、これ以降、アメリカの理想を維持保全するためにあくまでも共和党に投票を続ける人たちがバイブルベルトに登場してきます。
その結果、今日の勢力図、すなわち、アメリカ合衆国の地図の真ん中が赤(共和党)になり両海岸が青(民主党)になる、この図式がこの「南部戦略」以降出来上がりました。ニューディール・リベラリズムの中で封じ込められていたアメリカのコアな層が、自分たちのグループを築き、強固な政治勢力になったのです。