慶應監督が警鐘「高校野球で体罰」が消えない訳

自分自身の価値観を子どもに押しつける指導者

こちらができるだけドアと窓を開けて、「何かあれば言ってきなさい」というオープンな状態を作っておけば、いざというときに、いろいろなことが円滑に進んでいくのです。

報告、連絡、提案、質問、意見。そのいずれにおいても、選手が常にそうしたいと思えるように、日々、地ならしをしていく。そのきっかけとなるのが、選手をよく観察した上での日頃の会話なのです。

なぜ高校野球に関わる大人、特に指導者が高校生に対してエゴイスティックになってしまうのでしょうか。その大きな理由の一つに、「自分がされてきたことをしてしまう」という人間の特性のようなものが表れてしまっていることが挙げられると思います。

自分が現役時代に指導者から体罰を受けたり、高圧的な言動をとられたりすると、それが自分の中のベースになってしまい、自覚がないままに同じ言動をとってしまう。このような負のスパイラルを生んでしまうカラクリがあるのだと考えられます。

また、自分自身の価値観を押し付けがちな点も看過できません。これは高校生を子どもだと思っていることに起因しています。「球児」という呼び方に顕著なように、高校生を子ども扱いし、指導者である自分は大人という意識のもとで、自然と上下関係を発生させてしまっているのです。

「チーム」は選手と一緒に作っていくもの

これでは本当の意味で、良いコミュニケーションを図ることはできません。一人の人間同士として意見交換するときには、お互いの関係性がフラットであることが大前提。しかし、上から目線になってしまうと、価値観の押し付けがいつまで経ってもなくならないのです。

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さらに、指導者が効果的だと思うことを、自分の目の届く範囲でやらせたほうが早いということも大きな理由の一つだと考えられます。

早いというのは結果を早く出せるという意味で、「自分で考えろ」と言って選手に時間を与えるのは、2年半という短い期間しかない高校野球にとってはかなり遠回りな作業です。

促成栽培とまでは言いませんが、結果を早く出すことだけを考えれば、自分が「されてきた」指導をベースにやらせたいことをすべてやらせるという安易な方法を選択しがちなのです。

しかし、チームというのは本来、選手と一緒に作っていくものだと私は考えます。選手の意見にも耳を傾けるべきで、ときには議論を戦わせることも必要でしょう。あるいは選手に委ね、選手たちだけで重要事項を決定させるような、「精神的なゆとり」も指導者は持っていなければなりません。

大切なのは、選手あるいはチームがいかに成長していくか。成長とは、目先の結果である勝ち負けだけではなく、高校野球を通していろいろな経験をすることであり、その価値自体を高めていくことです。

このような基準、視点を持っていれば、上から押し付けるような指導には決してならないと思います。

高校野球には「時間がない」。それが事実であったとしても、選手を信じて待つ姿勢こそが重要なのです。

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