科学的根拠が示す「老いなき世界」のリアル度 「老いは自然なもの」と考える人の決定的誤解

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しかし、この本は、これら2つの「常識」に対する挑戦状である。……と聞くと、トンデモ本ではないかと思われるかもしれない。しかし、それは間違っている。驚くべきことに、本の内容は科学的な立場から見て、極めてまっとうなのである。

著者はデビッド・シンクレアとマシュー・ラプラントで、ラプラントはサイエンスコミュニケーションが専門の大学教員にしてジャーナリスト。そして、シンクレアは老化研究では知らぬ者のない第一人者である。

老化は正常な過程ではなく「病気」である、というのがシンクレアの基本的な考えだ。すべての人に訪れるからといって、病気ではなくて正常過程だと考える必要はないのではないか、という解釈である。言われてみれば確かにそうだ。

老化によって生じたとされるさまざまな症状すべてをひっくるめて、「老化という疾患」と捉えることはできる。そんなもの言葉遊びではないかと思われるかもしれない。しかしそう考えると、老化というものが、不可避な現象から予防や治療しうる対象へと転換される。これは大きなパラダイムシフトだ。

老化を引き起こすたった1つの原因

老化にはいろいろと典型的な特徴があるけれども、その上流に単一の原因がある、というのがシンクレアのもう1つの基本概念だ。

これは「老化とは情報の喪失にほかならない」というシンプルなセンテンスに置き換えることができる。ここでいう情報とは、遺伝子から読み出される情報のことである。その読み出され方がおかしくなることこそが、さまざまな老化の症状を引き起こすたった1つの原因であるというのがシンクレアの考えだ。

もう少しわかりやすく説明してみよう。細胞の状態はわれわれの体にある2万個の遺伝子の情報がどう読み出されるかによって規定されている。加齢によって情報の読み出され方がおかしくなってしまったのが、老化した状態である。だから、そのような間違えた状態を若い頃と同じように変えてやることができれば老化を防げるはずだとする。

にわかには信じがたいが、これら2つのコペルニクス的転回を支持するさまざまなエビデンスが提示されていく。

シンクレアは、もともと出芽酵母――パンやビールを作るときに使われる酵母――の研究者だった。酵母は単細胞だが、ちゃんと核を持った真核細胞である。人間とは大きな隔たりがあるが、生命現象の基本的なところはかなり類似している。

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