「日本の近現代史」が歪められるのはなぜか 歴史修正主義に対抗する「国民の物語」が必要

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前川:一方、アフリカ諸国やインドなどの旧植民地側ですが、興味深いのは記述に二面性があることです。植民地主義を「文明化の使命」だと言い張る旧宗主国の主張に対し、搾取の歴史だと明確に批判する一方で、独立の過程で、民主主義や人権などの欧米の「近代的」で「普遍的」な価値観を積極的に取り入れ、支配者側の論理を逆手にとって独立を果たしたのだと、そのような教育をしています。

ヨーロッパ出自の文明概念の強靭な生命力をここに見出すことができます。だからこそ、「文明化の使命」といったテーマを単なる言説の問題として切り捨ててしまうわけにはいかないのですが。

中学や高校における歴史教育のあり方

呉座:植民地主義の歴史を、教育の場でどのように教えるのかは非常に難しい課題だと思います。

呉座勇一(ござ ゆういち)/国際日本文化研究センター助教。専門は日本中世史。主な著書に、40万部超のベストセラーとなった『応仁の乱』(中公新書、2016年)ほか、『一揆の原理』『陰謀の日本中世史』などがある(撮影:今井康一)

前川さんのご指摘どおり、学知として植民地主義を忘却するような世界史を批判することは当然で、国際政治や歴史研究の分野で植民地主義の清算を主張することは非常に重要だと思います。ですが、大学ならともかく、中学校や高校で植民地主義を否定する歴史教育が具体的にどうすれば実現できるのか、理想としてはすばらしくても、現実的に可能なのかという素朴な疑問があります。

日本の歴史教育では、日本は満州事変を契機に国際社会から孤立し、間違った道を進み始めたと教えていますが、反対に言うと、それ以前の日本の近代化の歩みはおおむね肯定的に語られています。けれど、植民地主義を批判する、植民地主義を清算するという立場から見れば、例えば、ワシントン体制に代表される1920年代の国際協調も、帝国主義国家同士の談合にすぎないという話になってしまいます。

それは歴史の一面の真理ではありますが、中学、高校でどのように教えるのか。満洲事変以降の侵略路線は論外ですが、それ以前の欧米との協調路線も間違っていたと教えるなら、では日本はどうすべきだったのかという子どもたちの疑問にどう答えるのかという問題があります。

網野さんは「明治の選択は『最悪』」と評し、明治維新以降の日本の近代化を全否定しています。

倉橋耕平(くらはし こうへい)/立命館大学ほか非常勤講師。専門は社会学。主な著書に『歴史修正主義とサブカルチャー -90年代保守言説のメディア文化』(青弓社)、共著に『ネット右翼とは何か』がある(撮影:共同通信社)

近代化、富国強兵の結果、アジアを侵略してしまったのだから、間違っていたと考えるわけです。当然ながら、近代化しなければ欧米列強の植民地にされていたはずだという反論が寄せられましたが、網野さんは、「同じ運命をたどっているアジアの人々を抑圧して、自分だけ成り上がる」ぐらいなら植民地になったほうがよかった、と発言しています。

いったんは植民地になったとしても、アジアの諸民族と連帯して植民地独立戦争を戦う、「負けて勝つほうの道」こそが日本の進むべき道だったと力説されています。いわば、本当の意味での「大東亜共栄圏」を作るという選択肢があったのではないか、という議論ですね。極論のようにも思いますが、植民地主義を清算する歴史を教えようとしたら、究極的には網野さんぐらいの覚悟が必要になるのではないでしょうか。その辺りをどうお考えですか。

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