「日本の近現代史」が歪められるのはなぜか 歴史修正主義に対抗する「国民の物語」が必要

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呉座:そこが問題の核心で、歴史学と歴史教育は密接に関わるけれども、立脚点が違うわけですよね。歴史学なら過去の誤りを遠慮なく指摘できますが、歴史教育の場合は悪いところもいいところもあったという両論併記になりがちです。全否定で「国民の物語」を紡ぐことは非常に困難だからです。これは日本だけの問題ではなく、前川さんがご紹介されたイギリスなど、旧宗主国に共通する問題だと思います。

学校外で歴史をどう教えていくか

辻田:日本の近代史を学校でどのように教えるかは重要な問題ですが、一方で、身もふたもない話になりますけども、中学高校では時間が足りなくて、多くの場合、歴史の授業は近現代にまでたどり着いていないという現実があります。ですから、歴史教育を考えるときには、学校、アカデミズム、マーケットなどをばらばらに考えるのではなく、社会全体のなかで考えなければいけないなと思います。学校だけが、歴史教育の場ではありません。

辻田真佐憲(つじた まさのり)/作家、近現代研究者。慶應義塾大学文学部卒業。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論多数。著書に『文部省の研究』(文春新書)、『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『古関裕而の昭和史』(文春新書)などがある(撮影:今祥雄)

一例として、NHKの朝ドラを考えてみましょう。近年の平均視聴率は20%前後だそうですから、単純に換算すると2000万人が見ていることになります。2000万人は眉唾だとしても、非常に大きな影響力があることは間違いありません。

その朝ドラには、よく戦時下の話が出てくるのですが、これが決まって空襲の場面なんですね。主人公が逃げ惑って、苦しい思いをしたりする。そして戦争が終わり、「ああ、よかった」と。それはいいのですが、こういうものを何度も見るうちに、われわれは知らず知らずに「歴史教育」を受けて、戦争への理解を形成してしまっているのではないかと思うのです。本当は日本が始めた戦争なのに、まるで天災のように捉えてしまう、というように。

歴史教育を考えるときには、どうしても、大学や学校のイメージが先行しがちです。最近、歴史系の入門書がやたら「講義」と名乗っているのも、その延長線な気がします。とはいえ、現実には、映画やテレビがもっと大きな影響力を持っていたりする。これはもちろん、大衆メディアのほうが偉いということではありません。ドラマ制作にはタネ本があって、それはもとをたどれば、アカデミズムの研究成果だったりするわけです。それが、作家によって物語にされ、最終的にテレビドラマとなる。ですから、アカデミズムも重要ですし、作家も重要です。

反対に、大学予算が削減されたり、作家が右翼だらけになれば、てきめんに悪い影響が出てくる。歴史教育も、そういう全体像のなかで捉えることが重要だと思います。

呉座:おっしゃるとおりだと思います。「つくる会」の歴史教科書を採択する学校はほとんどありませんから、学校教育の観点では実は取るに足らない問題です。しかし学校教育とは別のところで、歴史修正主義の影響力が高まってしまった。

ですから、歴史修正主義の潮流に学校教育の改革で対処するという案はピント外れではないかという懸念を持っています。学校教育で「国民史」を相対化するという理想はすばらしいですが、その反動として、学校外で愛国心をあおる「国民の物語」が広がる可能性も想定すべきではないでしょうか。

(収録日:2020年5月25日、第3回につづく)

前川 一郎 立命館大学グローバル教養学部教授

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まえかわ いちろう / Ichiro Maekawa

専門はイギリス帝国史・植民地主義史。主な著書や論文に『イギリス帝国と南アフリカ――南アフリカ連邦の形成』(ミネルヴァ書房、2006年)、『「植民地責任」論――脱植民地化の比較史』(共著、青木書店、2009年)、「アフリカからの撤退――イギリス開発援助政策の顚末」『国際政治』(第173号、2013年)、”Neo-Colonialism Reconsidered: A Case Study of East Africa in the 1960s and 1970s,” The Journal of Imperial and Commonwealth History, 43 (2), 2015ほか、訳書にジェイミー・バイロンほか著『イギリスの歴史【帝国の衝撃】――イギリス中学校歴史教科書』(明石書店、2012年)などがある。

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