沢木耕太郎「旅も人生も深めるなら1人がいい」 「どのような局面でも面白がることはできる」

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(撮影:今井 康一)

「僕の恩師である長洲一二さんと、作家の山本周五郎さんが同じ鎌倉霊園に眠っていたので、2人のお墓参りに行った。それって、すごい旅と言えば旅じゃないですか。僕にとっての大事な大学の先生と、もう1人、のちに僕が彼の短編アンソロジーを編むことになる作家と。鎌倉霊園は鎌倉からちょっとした路線バスに乗って15分ぐらい、それを旅と思わないって言う人もあるだろうけど、僕にとっては旅だった。

で、その往復の間にちょっと寄り道をしてみたら美術館があって、父の記憶と結びつく絵に出会った。お墓参りに行くという1つの目的から少し逸脱して道を外れていくと、ある偶然が導いてくれる何かがあって、それをまとめて1つの旅になる。旅行しようと思わなくても導かれる、それを僕は十分に旅らしい旅と感じるんです。だから今回の『旅のつばくろ』の中で遠く龍飛崎に行く旅も、鎌倉霊園に行く旅も、そんなに何か違いはないような気がする。『深夜特急』の旅の仕方と、基本的には同じだよね」

どちらかと言えば、私は旅運のいい方だと思うが、それも、旅先で予期しないことが起きたとき、むしろ楽しむことができるからではないかという気もする。たぶん、「旅の長者」になるためには、「面白がる精神」が必要なのだ。(『旅のつばくろ』「旅の長者」より)

沢木は、”導かれる”ことを”寄り道の効用”と呼ぶ。”リスク管理”や”自己責任”という世間の言葉に脅された一般の私たちは、綿密な計画や、旅行にかける金額や時間や距離に旅の意味を見いだしがちだが、そうじゃない。予期せぬハプニングを受け止め、面白がれるからこそ、沢木は出会った偶然に価値のある物語を見いだせるのかもしれない。

人生にも旅にも、1人で生きていける力量が必要だ

沢木は、自由な人生を旅に例えた。

「自由に生きられるということは、自分のことは自分でできる、後始末がつけられるということです」

ほほう、と俄然身を乗り出すインタビュアーに、作家は「1人でその時間をどう費やすか、自分を楽しませるかっていうことが、やっぱりその人の力量だったりするわけだよね」と、微かに挑むような、チャーミングな笑みを浮かべる。

「1人だと、移動している時間に自問自答しますよね。それが旅を進化させ、印象を深める。2人や3人で行くと、会話の中で消化してしまって、その思いが残らない。この『旅のつばくろ』でも、基本的には1人で動いて自問自答してるから、近距離の旅でも重層的にいろいろ深くなっていくんじゃないかっていう気はする。1人だから感じられる、1人だから深められる。やっぱり旅は、もし深いものを求めるんだったら、1人のほうがいいんじゃないかと思うね」

次ページ「1人で生きていける」と「1人で旅ができる」はわりと近い
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