沢木耕太郎「旅も人生も深めるなら1人がいい」 「どのような局面でも面白がることはできる」

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「満員電車で『サインしてもらえますか?』って言うから、『わかった、わかった。じゃあ、次の駅で降りよう』って1度降りて、それでサインをしてね。そのときに『沢木さん、地下鉄に乗るんですか? タクシーとかで移動するんじゃないんですか?』って聞かれて、『当たり前じゃないか何を言ってるんだ、もうすっかりPASMOだよ』って言ったんです(笑)」

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もしかしたらタクシーで移動するのが普通だと感じる人もいるのかもしれない。「だけど、地下鉄やバスを使って移動するのが僕にとっては当たり前で、それは生活の規模を大きくしないことで、出版社や何かの言いなりになる関係性を作らないってことにつながるわけ。それはコンパクトな荷物で旅をしていると旅がしやすいっていうことと同じだよね。できる限り、あんまり無駄なことや贅沢なことをしないで、家の経済もコンパクトにしてごく普通に生きていく。それは自分の自由度を増すため。お金を使っていろんなものをそろえたりするのって、不自由になることでしょ?」。

あれもこれも手に入れて成長拡大することがいいと信じてきた私たちは、すっかり荷物も考え方もフットワークも重たい人間になってしまったような気がする。果たして私たちには、沢木のように身軽に動き、新しい出会いや発見を吸収し、楽しむための自由な隙間はあるだろうか。

面白くない人がいたら、それ自体が面白い

しかも新型コロナウイルスの影響で、自由な移動も自由な飲食も奪われ、まだ明けぬ閉塞感に包まれる日々だ。沢木はふと、映画評論家であった故・淀川長治の話をした。「淀川さんって本当に面白い人だったんだけど、『嫌いな人、面白くない人に会ったことがない』って言うわけ。僕もそれに近い感じがあってね。面白くなかったら、面白くない人がいるってこと自体が面白いじゃない、すごく。

どのような局面や状況でも面白がることはできるし、面白がってしまうことで切り抜けるっていうことがありうるから、一種の心の持ち方のレッスンとして、意識的にやっていくといいと思うんだよね。これは滅多にできない経験だから」。

これもまた経験と面白がり、いずれまた自由が訪れたときに2020年の”あのとき”の気持ちを思い返そう。まずは、沢木の本を読んで身軽な旅を思い描くところから。だって「どこに行くか決めたとき、すでに物語は始まっている」と沢木が教えてくれたから。遠くへ出かけられない私たちにも、旅はもう始まっている。これはもうぐずぐずしてはいられない、と思ってしまったのだ。

(撮影:今井 康一)
河崎 環 フリーライター、コラムニスト

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かわさき たまき / Tamaki Kawasaki

1973年京都生まれ、神奈川県育ち。桜蔭高校から親の転勤で大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、テレビ・ラジオなどで執筆・出演多数。多岐にわたる分野での記事・コラム執筆をつづけている。子どもは、長女、長男の2人。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)。

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