ウスバキトンボの大群が背負う「はかない運命」 冬を越せず全滅するのに海を越え日本に来る

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もともと熱帯のトンボであるウスバキトンボは、寒さが苦手である。秋も終わりに近づいて気温が低くなれば、トンボたちは飛ぶ力を失い、落ちてゆく。枯れゆく草につかまりながら、トンボたちは寒さのために動くことはできない。寒さに凍えて命が尽きてゆくのである。

ウスバキトンボは、気温の低い日本では、冬を越すことができない。こうして、お盆の空を埋めんばかりに群れをなして飛び回っていたウスバキトンボは、すべて寒さで死んでしまうのである。卵を残せなかったものもいる。卵を残したものもいる。しかし、彼らが水の中に残した卵も、冬の寒さで死んでしまう。

冬の寒さで全滅

そして、春の終わりに大陸から日本に渡ってきたウスバキトンボの子孫は、ついには全滅してしまう。大陸から日本を目指すウスバキトンボの一族にとっては、まさに片道切符の死出の行軍なのだ。

ウスバキトンボは熱帯のトンボである。熱帯地域で、一生を終えることもできる。

しかし、どういうわけだろう。翌年になれば新たな挑戦者たちが新たなフロンティアを目指して海を越えてくる。そして、また冬の寒さで全滅してしまうのだ。

全滅しても全滅しても、ウスバキトンボは海を渡るチャレンジをやめない。もう悠久(ゆうきゅう)の昔から、こうした死出の行軍を繰り返してきたのだ。

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どうしてウスバキトンボは、こんな無謀な侵攻を繰り返しているのか。何がトンボたちを決死の旅に駆り立てるのか。すべては謎である。

生物たちの分布を広げようとするチャレンジ精神はすさまじいものがある。そして、ごく限られた成功者たちが新たな土地の住人となる。こうして、生物たちは分布を広げていくのだ。

ところが、である。

近年、日本への分布の拡大をチャレンジし続けるウスバキトンボたちに、一筋の光が見え始めている。

人間の引き起こした地球温暖化で、冬の寒さはずいぶんと和らいでいる。雪国でも積雪は少なくなり、霜の降りる日も減少している。もしかすると、ウスバキトンボの卵たちが冬を越すことのできる日が、すぐそこまで来ているのかもしれない。

それがよいことなのか、悪いことなのかは、私にはわからない。

稲垣 栄洋 静岡大学農学部教授

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いながき ひでひろ / Hidehiro Inagaki

1968年静岡市生まれ。岡山大学大学院修了。専門は雑草生態学。農学博士。自称、みちくさ研究家。農林水産省、静岡県農林技術研究所などを経て、現在、静岡大学大学院教授。『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)、『都会の雑草、発見と楽しみ方』 (朝日新書)、『雑草に学ぶ「ルデラル」な生き方』(亜紀書房)など著書50冊以上。

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