「地元志向の若者増加」を手放しで喜べない事情 「心の豊かさ」と「経済的繁栄」どちらを取る?

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第3に、地方の衰退に拍車をかけます。地方の企業は、地元で暮らす消費者の消費需要、地元で働く労働者の労働供給を見込めるので、あまり経営努力しなくても商品が売れ、労働者を確保することができます。

そのため、短期的には企業経営が安定しますが、競争して腕を磨くことがないので、競争力が高まりません。競争に敗れて淘汰されることも少ないので、地方では競争力のないゾンビ企業ばかりが残り、長期的には経済が衰退してしまうのです。

コロナの影響で地元志向が強まるのは、致し方ありません。ただ、経済への悪影響を考えると、これを一時的な現象にとどめて、活発に人材が交流する社会を取り戻したいところです。

政府には、進学や就職・転職において、地域間の移動を容易にするような政策や支援が期待されます。今回取材した首都圏の大学の関係者は、地方出身者への奨学金や家賃補助の拡充を訴えていました。

企業も、全国・全世界から多様な人材を集めて、イノベーションを推進したいところです。さいわい、多くのライバル企業が採用に消極的になっている現在は、優秀な人材を獲得するチャンスです。

地元の「居心地の良さ」が危ない

ここで問題になるのが、働く人の意識です。最近の各種アンケートによると、ビジネスパーソンの半数以上がテレワークの継続を希望しています。私の取材でも、地元中心の新しい生活を肯定的に捉える声をたくさん耳にしました。

「通勤がなく、朝ゆっくり散歩したら、景色・町並みなどいろんな発見があった。幼馴染とも30年ぶりに再会することができた。地域とのつながりもできて、改めて地元のことが好きになった」(40代、建設)

「今回、地元中心の生活になって、会社と家を往復するだけの以前の生活が馬鹿馬鹿しく思えてきた。コロナのおかげと言うと不謹慎だが、人間らしい心の豊かさを実感することできて満足している」(30代、IT)

サケ・マスの回帰本能ではありませんが、地元愛は人間という動物にとって自然な感情です。どこに住んでどういう生活をするかは、個人の自由です。したがって、人々の地元で暮らすという選択を否定することはできません。

しかし、地元志向は、長期的には経済の衰退を招き、ただでさえ厳しさが増している日本人の生活をますます困難なものにします。

短期的な心の豊かさと長期的な物質的豊かさのトレードオフ(二律背反)にどう折り合いをつけるべきでしょうか。コロナという未曽有の危機に直面し、いま政治・企業・国民には重大な課題が突き付けられているのです。

日沖 健 経営コンサルタント

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ひおき たけし / Takeshi Hioki

日沖コンサルティング事務所代表。1965年、愛知県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。日本石油(現・ENEOS)で社長室、財務部、シンガポール現地法人、IR室などに勤務し、2002年より現職。著書に『変革するマネジメント』(千倉書房)、『歴史でわかる!リーダーの器』(産業能率大学出版部)など多数。

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