「地元志向の若者増加」を手放しで喜べない事情 「心の豊かさ」と「経済的繁栄」どちらを取る?

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歴史的に見れば、親の後を継いで地元に住まざるをえなかった封建制の時代はともかく、選択の自由が保障される現代社会では、より良い生活を求めて地元以外に移り住む国民が増えます。

世界を見渡すと、約5000万人の中国人が華僑としてさまざまな国で活躍しています。フィリピン人もインド人も地元を飛び出し、世界各地でたくましく生きています。

中国・フィリピン・インドは貧しいから、職を求めてやむなく地元を離れているのでしょうか。そうではありません。先進国でもアメリカの若者の多くは、高校を卒業したら地元から離れた大学に進んで寮生活をし、社会人なってからも頻繁に転職し、点々と住居を変えます。

日本でも、つい一昔前まで、地元志向は希薄でした。坂本龍馬が地元・土佐の閉鎖的な風土を嫌い、長崎に出て一旗揚げたように、幕末以降、地元を離れるのが当たり前になりました。1970年代前半までブラジル・ハワイなどへの海外移民や、東北・九州から東京・大阪への集団就職が数百万人規模で行われました。

このトレンドが一転し、地元志向が鮮明になったのは、バブル崩壊以降のことです。所得減少で地方在住者が子供を首都圏の大学に通わせるのが難しくなったことや少子化で親が一人っ子を自分のそばにキープしておきたいと考えるようになったことが要因とされます。

東京都内の大学で学生全体に地方出身者が占める割合は、1990年の39%から2019年には30.7%まで低下。東大・早稲田・慶応といった全国的に知名度の高い大学も、もはや「首都圏の地方大学」になっているのです。

地元志向の3つの弊害

最近の日本社会の特徴と言える地元志向。何がいけないのでしょうか。経済面では、3つの弊害があります。

第1に、人的資源の最適配分が実現しません。たとえば、先端農業に必要なバイオテクノロジーの知識を持つAさんが都会に住み、ビル建築設計のスキルを持つBさんが農村に住んでいるとします。ここでAさんが農村に、Bさんが都会に移り住むことで、人的資源が社会的に最適化されます(経済学で言うパレート最適)。しかし、Aさん・Bさんがそれぞれ地元にとどまると、最適化されません。

第2に、イノベーション(革新)が生まれません。経済学者シュムペーターがイノベーションの本質を「新結合の遂行」と喝破した通り、イノベーションは異質な知識・情報が融合することによって生まれます。幼い頃から勝手知ったる仲間と過ごす日本の地方と世界中から多種多様な人材が集まるシリコンバレーで、どちらがイノベーションが生まれやすいか、改めて言うまでもないでしょう。

次ページ3つめの弊害は「地方衰退」の加速
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