「アンサンブルの問題は各奏者、それぞれ不安を抱えていると思います。しかし一流の音楽家ですから、どんな障害があっても音を合わせます」(新日フィルの林氏)
7月2日の公演は、ガイドラインにのっとりホールの収容人数の5割で行う。半減した公演収入を補うために、同オケが現在検討しているのがデジタルコンサートだ。
全身が音に包まれ、音が肌に触れてくるような、ライブの魅力を知っている人ならば、ライブに行けないならデジタルで、という切り換えはなかなか難しいだろう。
しかし新日フィルと言えば、SNSで話題になった、楽団員によるテレワーク・オーケストラ「パプリカ」をご存じの方も多いだろう。楽団員一人ひとりが素顔で、音楽を届けたいという純粋な思いを発した。
「同取り組みは、『クラシックは堅苦しい』という、一般の人のイメージを払拭したかもしれない。クラシック業界が魅力を知ってもらうためには、聴衆にもっと近づいていくことが大事。メジャースポーツのサッカー、野球はいち早くPCR検査を受けて再開した。共感を呼ぶ、勝ち負けがあってわかりやすいスポーツの利点は、クラシックとは違うが参考になるかもしれない」(日本オーケストラ連盟の桑原氏)
今、起死回生をはかるクラシック業界。しかし元どおりの世界をイメージしていては、道は困難だろう。クラシックファンを呼び戻すことと同時に、新しい挑戦で、一般の聴衆をできるだけ広く獲得していくことが不可欠になる。
障害を負っているフリーの演奏家
最後に、上記の例に比べても圧倒的に厳しい立場で音楽と対峙する、1人のフリーの演奏家の姿を紹介したい。
ヴィオラ奏者の深田亜紀子さん(仮名、55歳)は網膜色素変性症で、視界が極度に限られるという障害を負っている。祖母も同じ病だったことから、「将来1人で食べていけるように」と、幼少期から楽器を弾く術を身に付けた。症状が仕事に差し支え始めたのは30歳後半ぐらいから。まずプロオケにエキストラ(フリーの立場で雇われる要員)で入る仕事や、アーティストなどのコンサートのバック演奏ができなくなった。
彼女が演奏する際には、2倍ほどに拡大した譜面を使い、上述したアンサンブルについても、わずかな視界に映る奏者の動きと、息づかい、気配、耳に頼っている。
主な収入源は、音大を目指す生徒などへの個人レッスンと、過去に受けたスタジオ収録のCD二次使用料。彼女はその他、障害者手当と、故郷で身内が営む幼稚園の顧問料で生活している。
最近では白内障も加わり、このまま光を失うかに思われたが、幸いにも3月に受けた手術が成功した。しかしその矢先、音楽の仕事は絶えた。
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