木村花さんを追い詰めた「匿名卑怯者」の深い罪 無責任にできる投稿がモラル意識を低下させた

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例えば、あなたが気のおけない友人と異なる意見を持って対立していたとしよう。気持ちが通じているからこそ、親しい友人とは激しい口調になるかもしれない。互いにわかり合っているからこそ、踏み込める領域がある。ところが2人の関係を知らない者が、偶然、口論をしている2人を見かけたらどう思うだろうか。

シーンを切り取っただけでは理解できない心の動きは、どんな場面にもある。生身の人間が普段の生活をさらし、そこに出演しているのは若く、人生経験も豊富ではない若者たちばかり。テレビ番組の中に紡がれる物語は、出演者自身の気持ちを反映したものではなく、制作者の意図によって物語の骨格が形作られていることは忘れてはならない。

本当の真実、リアルは何なのかは、すべての時間を共有した者同士にしかわからないものだ。リアリティー番組は、あくまでも“リアリティー”を求めて生まれたものであって、本当のリアルではないのだから。

自分自身と「大切な人」を守るために必要なこと

花さんを追い込んで行った“アンチファン”も、さして強い言葉をぶつける意図はなかったのかもしれない。しかし、花さんがアンチファンからサンドバッグのように打たれ続ける中で、その攻撃はエスカレート。自粛生活の中で、毎日、言葉の剣を突き刺される中で花さんは命を絶ってしまった。

精神的に誰かを追い詰めていけば、いつか誰もが加害者となりうる。何気なく発した言葉も、さまざまな形で増幅され、発した本人の思いの強さ以上の形になって相手に届くこともある。また自分の言葉がほかの誰かに伝搬し、攻撃者を増やしてしまうこともあるだろう。

その結果、攻撃していた本人が被害者の痛みを抱え、その後の人生を生きねばならないこともあるに違いない。今回、花さんを追い込んでしまった誰かもまた、自らの行いを悔いているはずだ。

花さんの家族はもちろん、憎悪に満ちた言葉を投げかけた誰か、SOSを見逃してしまった番組制作スタッフ、共演者、花さんを取り巻くさまざまな人たちが、大小の違いはあれ共トラウマを抱えながら生きていくことになるだろう。

では悲劇を繰り返さないために、自分たちに何ができるだろうか。あらゆる日常の中で、パートナー、家族、友人、同僚、さまざまな形の人間関係から、100%の確率で問題を発見し、救いの手を差し伸べるのは難しい。しかし、自らの心の声に尋ねて何をすべきかを考えることは誰にでもできる。

「自分にとって、最も大切な人は誰なのか。その人はどのようなことを一番大切だと考えているのだろうか」

この問いを続けていると、意外にも最低限、守らねばならないことは少ないと気付かされるだろう。手にしているスマートフォンやパソコン、そもそもネット接続してのコミュニケーションなどは、決して一番大切なものには入ってこない。一方で最も大切なものは家族であり、身近に感じるパートナーだ。

花さんは命を絶つ決意をしたと思われるSNS投稿の前、自分に向けられた憎悪のメッセージに対して「いいね!」をクリックしていた。

自分は間違っていないという確信を持ちつつも、繰り返しの中傷に自分の存在意義を見失ってしまったのだろうか。匿名での発言者にモラルなど求められないものだが、そうした常識さえも見失わせるほどの精神状態に追い込まれていたのだろう。

もし、自らを否定したくなる気持ちになった場合、あるいは身近な誰かが自分を見失いそうになっていたならば、まずはスマートフォンの電源を切り、しばらくは生身の声の中で暮らしてほしい。顔がない相手ではなく、顔が見える友人と対話の機会を作ろう。

本当に大切なものは、ネットの中ではなく、目の前の現実の中にある。

本田 雅一 ITジャーナリスト

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ほんだ まさかず / Masakazu Honda

IT、モバイル、オーディオ&ビジュアル、コンテンツビジネス、ネットワークサービス、インターネットカルチャー。テクノロジーとインターネットで結ばれたデジタルライフスタイル、および関連する技術や企業、市場動向について、知識欲の湧く分野全般をカバーするコラムニスト。Impress Watchがサービスインした電子雑誌『MAGon』を通じ、「本田雅一のモバイル通信リターンズ」を創刊。著書に『iCloudとクラウドメディアの夜明け』(ソフトバンク)、『これからスマートフォンが起こすこと。』(東洋経済新報社)。

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