木村花さんを追い詰めた「匿名卑怯者」の深い罪 無責任にできる投稿がモラル意識を低下させた

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毎日、その毒を浴び続ければ、いつか許容量を飛び越えてしまうことは誰もが想像できるだろう。ましてや今回のケースでは、さらに花さんへの攻撃、花さん自身の感受性が高まる環境が偶然にもそろっていた。

コロナ下で動画配信サービスの視聴数が伸びたことで、Netflixで配信されている花さん出演の番組への注目は、以前にも増し、ネットを通じた彼女へのポジティブ、ネガティブ両面の名指しでの意見は急増していたと考えられる。

一方、花さんが自分自身を捧げてきたプロレスは、コロナ自粛の中ですべてのイベントがキャンセルされ興業再開の目処が立たず、自分自身を表現する場所を喪失。出演していたテラスハウスの収録も中断。自粛生活の中にあって、直接、信頼できる誰かに心の中を打ち明けることもできなかっただろう。

そうした状況下において、花さんは別の役割も負っていた。

自粛が明けた後の所属団体の活動を活性化するため、SNSを通じた女子プロレスのプロモーションに力を尽くす役割を与えられていた。それだけに、ネットを通じて集まる名前なき憎悪を無視することができず、ストレートに彼女の心に飛び込んできたのではないだろうか。

匿名の発信者は、どう反論されようが心を侵されることはない。発言が非難を浴び、それが誹謗中傷へと発展しようと、決して“自分自身に矛先が向く”ことはないからだ。世間に顔も名前も知られていない存在なのであれば、いくら強い口撃を受けようと現実の生活には何の影響も及ばない。涼しい顔で聞き流せばいいだけだが、自分自身をさらけだすことを求められる花さんのような立場では、ひたすらに流れ込む悪意を受け止めざるをえなかったはずだ。

問われるリアリティー番組制作の倫理観

花さんが誹謗中傷を受ける原因となったのは、前出の「テラスハウス」で剥き出しの感情を露わにしたことがきっかけだった。テラスハウスはシェアハウスを舞台にした共同生活の場で起きる、男女の恋愛を捉えるリアリティー番組だ。

本稿を執筆するにあたって中傷を受ける原因となった前後のエピソードを観たが、長期間、生活を共にする相手への鬱積した感情を考慮するならば、花さんが特別に問題ある行動を取ったようには見受けられなかった。

しかし、花さんが亡くなった後は中傷する声は鎮静化しているものの、批判の声は収まっていない。

「リアリティー番組に出演し、プライベートを犠牲に生業を得ているのだから、ある程度のプライバシーの侵害やネットからの攻撃は想定すべきだ」

「番組中、アンチファンが増加するような言動、態度を取った被害者に非がある。批判に耐えられないのであればリアリティー番組に出るべきではない」

彼女の自殺は、彼女の行動と決断がもたらしたものであって自業自得ではないかという声だ。女子プロレスという世界、自分という人間を知ってほしいと考えて出演した彼女も一定の覚悟はしていたことだろう。しかし、偶然も重なって彼女への攻撃は苛烈なものとなった。

ここで問いたいのは、リアリティー番組の制作側による出演者保護のケアである。

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