木村花さんを追い詰めた「匿名卑怯者」の深い罪 無責任にできる投稿がモラル意識を低下させた

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インターネットは人のコミュニケーション能力を増幅し、新しいサービスを次々に生み出した。SNSもその1つだ。元々、インターネットは情報を受け取る際にも、発信する際にも有益な優れた双方向メディアだが、すべての人にとって“対称性”のあるメディアではない。

例えば内輪だけで使っている100人程度のフォロワーのTwitterアカウントは、時にタイミングと内容次第で数百万以上の人たちに発信したツイートが読まれる可能性を持つものの、多くの場合、フォロワー数に応じた発信力しか持たない。一方で不特定多数に興味を持たれることもないため、発信者の状況や心情などを理解しない有象無象の不特定アカウントから攻撃されることもない。

自分をフォローしているアカウント、自分自身に向けられたツイート、自らがフォローするアカウント。それらの重みに大きな違いはなく、せいぜい仲間内の冗談めかした会話で済むことが多い。

ところが芸能人、あるいは花さんのように人気番組に出演者として登場している場合、出演者自身の発信力が極めて強くなる。こうした状況ではネットからの反応も、自身の発信力の強さに応じて強力なものになる。

1999年、コメディアンのスマイリーキクチさんは、突然、ネットで殺人犯だと指名された。証拠は皆無に等しかったが、2ちゃんねる(当時、現在は5ちゃんねる)で「犯人に似ている」と指摘されると次々に“もっともらしい”傍証が繰り返し語られた。事実無根の情報を発信していた19人が摘発されるまで、実に10年という年月が必要だった。

俳優の西田敏行さんは、覚醒剤を使用している可能性が高いという匿名のブログを発信源に、まるで犯罪者のように告発される日々が続いた。警察による捜査の結果、3人のブロガーが摘発されたが、覚醒剤を使用していたことを示す証拠やうわさなどは一切なく、単に芸能人の知名度を利用してアクセス数を稼ぐために虚偽の記事を掲載していただけだった。

西田さんはSNSを通じて何かしらの意見や情報を発信しているわけではない、完全なる善意の第三者だが、あまりにも知名度が高すぎた。知名度が高い一方で、そのプライベートは俳優としての西田さんほどには知られているわけではない。“知られていない一面”をそれらしく、本人の預かり知らぬところで勝手に描かれただけだった。

0.1%を100倍にすれば10%になる

どの例にも言えることだが、攻撃する有象無象の声の主は、自らが加害者になることなど微塵も意識していない。自分自身の言葉が社会に影響を与えることなど想像もしていないからだ。実際、多くの攻撃者は社会的強者ではないことのほうが多いだろう。

言い換えれば、自己評価が低いからこそ、平気で他者に対して強い言葉で罵詈雑言を浴びせることができる。自己評価が低い人間は、自分の声を相手が真剣にとらえることなどないと思っているからだ。

しかし、受け取る側にとっての重みは必ずしも軽くはない。花さんは見ず知らずの人たちから、SNSを通じて毎日100件もの非難の声を受け取っていたとつづっている。発信者にとっては、さして大きな意味はないのかもしれない。単なるストレスの捌け口だった場合も少なくないだろう。しかし軽い気持ちで発した、毒性が0.1%の言葉であったとしても、100人が同じ毒を浴びせれば10%になる。

次ページ花さんへの攻撃が高まる環境がそろっていた
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