岩田健太郎「感染症の最前線で働く激しい恐怖」 コロナ禍の今「レストン事件」を振り返る

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アフリカのエボラについても、2015年にはわかっていなかった治療薬やワクチンの有効性が明らかになり、こうした医学の進歩のおかげで、最近も年単位で流行していたコンゴ民主共和国でのエボラ・ウイルス流行も2020年4月に流行終了宣言が出そうになっている。『ホット・ゾーン』に描かれた事件当時には恐怖のウイルスだった(そして2014年にぼくがアフリカに行ったときも同様だった)エボラ・ウイルスも、治療、抑え込み可能なウイルスに転じようとしている。

しかし、人類と感染症との戦いはこれで終わりにはならない。いや、おそらく終わりはこないのだろう。2019年暮れから中国の武漢を中心に流行しはじめた呼吸器感染症はこれまで人類が経験したことがない新しいタイプのコロナウイルスが原因の感染症であることが判明した。

コロナは「100年に一度の大感染症」

当初は人から人の感染もほとんど起きない、重症者も出にくい「大したことがない」ウイルスだと思われたが、蓋を開けてみるととんでもないことで、どんどん人から人に感染が広がり、日本にも流行は伝播し、世界中に感染が広がる「パンデミック」の状態になってしまった。

『ホット・ゾーン エボラ・ウイルス制圧に命をかげた人々』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトへジャンプします)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の致死率はエボラ・ウイルス感染症のそれよりもずっと低い。が、そこがこのコロナウイルスの怖いところである。重症化しない、しにくいウイルスであるがゆえに感染が広がりやすい。アフリカからほとんど外に出たことがないエボラと違い、感染がどんどん広がっていく。そして2割程度の感染者は重症化し、彼らの約半数は死亡してしまう。

西アフリカで2万人以上の感染者を発生させ、1万人もの死亡者を出し、世界を恐怖させたエボラ・ウイルスであるが、コロナウイルスははるかに多くの感染者を発生させ(その感染者数の実態は世界的にも日本国内でもわかっていない。検査で診断されたのは氷山の一角に過ぎないと考える)、本稿執筆時点で12万人以上の死をもたらした。

2014〜15年のエボラよりもはるかに多い犠牲者であり、おそらくこの犠牲者はまだまだ増えていくだろう。1918年に世界中で流行した「スペイン風邪(インフルエンザウイルス感染)」以来の厄災、「100年に一度の大感染症」といってもよい。

昨日もぼくは指定医療機関で「レッド・ゾーン」に入り、患者を診察した。やはり恐怖はある。若くて健康な成人であればこのウイルス感染の死亡率は極めて低い。だから、「エボラ」のような恐怖はない。しかし、他者への感染リスクは非常に高く、ぼくがもし感染してしまえば、ぼくの家族や同僚たちにどんどん感染を広げかねない。これは、また別な種類の恐怖である。

われわれはこのコロナウイルスについてすべてを知っているわけではない。ちょうど、「レストン事件」当時の専門家たちがこのウイルスについて多くを知らなかったように。こうして、感染症との戦いは未知の病原体に対する恐怖、その恐怖を乗り越える学知と勇気、人類による病原体の克服、さらに新しい病原体の出現という「いつか来た道」を繰り返す。

本書を読み直し、先人たちの格闘の歴史に敬意を払うとともに、先人の学知と勇気を参照して、ぼくらもまた今日も格闘するのである。コロナウイルス感染は人類全てに大きな影響を与えており、読者もまたコロナとは全く無縁ではいられないであろう。本書を読み、過去のドキュメンタリーを通じて専門家の葛藤を追体験するとき、自分たちの不安、恐怖を重ねずにはいられないであろう。

岩田 健太郎 神戸大学教授

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いわた けんたろう / Kentaro Iwata

1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学都市安全研究センター教授。ニューヨークで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時、またアフリカではエボラ出血熱の臨床を経験。帰国後は亀田総合病院(千葉県)に勤務。感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任する。著書に『「感染症パニック」を防げ! ?リスク・コミュニケーション入門』『予防接種は「効く」のか?』『1秒もムダに生きない』(以上が光文社新書))など著書多数。

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