岩田健太郎「感染症の最前線で働く激しい恐怖」 コロナ禍の今「レストン事件」を振り返る
例えば、本書の冒頭に登場する「出血熱」患者であるモネ氏が発症したときの臨床描写は正確であるだけでなく非常にビビッドであり、彼が「ゾンビに似てきた」経緯もよく理解できる。まさにゾンビ映画にあるように、モネ氏を診察したムソキ医師も、彼の体液を浴びてしまい自ら感染、発症してしまう。
後に、彼らの病の原因は「マールブルグウイルス」だと判明する。アフリカ由来のウイルスでサルから人間に感染し、ドイツのマールブルグで1960年代に発見されたウイルスだ。致死率が25%と非常に高く、電子顕微鏡でみるとくねくねと曲がった「ひも」のような形態をしている。ラテン語で「紐状」を意味する「フィロ」という名前を使い、このウイルスはフィロウイルスに分類された。
生物兵器開発目的で作られた研究所
さて、本書に登場するUSAMRIID(アメリカ陸軍伝染病医学研究所、ユーサムリッド)。学生時代はあまり注意していなかったが、今読み直すと実に感慨深い。
もともと、ユーサムリッドは軍の生物兵器開発目的で作られた研究所だった。しかし、1969年に当時大統領だったニクソンが攻撃的生物兵器の開発を禁じた。その後は、生物兵器の防御といった、攻撃目的ではない研究に従事するようになる。
ユーサムリッドは日本とも縁がある。
2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロ事件(いわゆる「911」)以後、郵便物に炭疽菌という微生物を入れてばら撒くという、「バイオテロ」事件が起きた。この事件についてはいまだに不明な点が多いが、当時、ニューヨーク市で感染症フェロー(後期研修医)をしていたぼくは、最上丈二の筆名で『バイオテロと医師たち』という本を書いて事件の解説をした。そこから文章を一部引用する。
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