――この緊急事態に、情報を受け取る側が留意すべき点は?
医療や健康の情報に限らず、情報収集において重要なのは、「複数のチャンネルから情報を集めて比較検討すること」だと思います。これは緊急事態でも平時でも同じです。
たとえば、SNSだけを情報収集のツールとしていると、「エコーチェンバー現象」(自分の知りたい情報がタイムラインに出てきやすくなることで、それこそが世の主流の意見だと誤解しやすくなること)が起きることもあり、使い方によってはむしろ危険なこともあります。
一方、テレビや新聞 ”のみ” の情報収集だと、見えない事実もたくさんあります。たとえば、特に現状においては、感染症や公衆衛生に詳しい専門家ほど忙しく、テレビや新聞の取材を受ける時間がなかなかとれないという問題もあります。
こうしたなかで「コンセンサス」を探る、という意味では、常に公的な情報(例えば厚労省やCDC、WHO等)を確認することも大切だと思います。情報の海に溺れそうになったら、まず公的機関がどう発信しているかを確認したうえで比較検討する、という習慣があるといいと思います。
特にセンセーショナルな発信、不安を煽るような発信を見ると、その正確性を判断する前に「誰かに伝えたい」とか「すぐに行動に移したい」と思う人が多いのですが、逆に「センセーショナルなほど信憑性を疑う」という姿勢が最も安全です。
想像力が「事実」となる時代
『ダイエット幻想―やせること、愛されること』(ちくまプリマ―新書)を出版するなど、医療や健康の情報が社会や個人の意識・生活様式に与える影響について研究を進めてきた医療人類学者・磯野真穂さん(@mahoisono)さんにも話を聞いた。
データを見た磯野さんはまず、年明けから4月までのある時期を境に、エンゲージメントを獲得する情報の傾向が変わったことを指摘した。
――どのように傾向が変わったのでしょうか?
社会学的にはとても興味深いデータと思いました。1月から3月上旬ごろまでは、「コロナウイルスってどんなもの?」という基礎知識を解説したものや、厚労省のサイトなど客観性の高い情報が多くのエンゲージメントを集めていました。それが3月中旬ごろを境に、人の「名前」や「体験談」の入った記事が出てくるようになります。
これは「人称」が変わった、というふうに言い換えてもいいかもしれません。客観性の高い情報はいわば「3人称の情報」で、読者との距離は遠いものです。しかし人の「名前」の入った情報は、単なるデータではなく、「ある人が、こうして、こうなった」というようなストーリーが内在された「物語性のある情報」です。読者との距離は近くなり、自分事(じぶんごと)化して捉えられるようになります。いわば「1人称の情報」と言ってもいいかもしれません。