グローバル経済から中国を分離すべき根本理由 コロナ危機後に「世界最高の知性」が訴える

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世界貿易機関(WTO)や国際通貨基金(IMF)などの機関や、グローバルな通商ルールを定めたという意味では、リベラルな国際秩序は存在します。彼らは中国人に、よかったら一緒にやりませんかと声をかけた。さらにルールをひどく捻じ曲げてまで中国をWTOに迎え入れ、同国の通貨もIMFの特別引出権(SDR)に組み込んだ。

こうして作り上げられた国際秩序を中国はフルに利用したのです。中国はそれによって少しでもリベラルになったわけではなく、むしろ法治不在の一党独裁を正当化したのです。それが、この計画全体の弱みの中心です。

西側は、自由貿易体制を作ろう、そうすれば世界中の独裁体制は我々のすばらしき民主主義体制へと移行する、と考えていました。それがビル・クリントンの考えで、フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』(三笠書房)の論法です。

ところが、どうでしょう。そうはなりませんでした。実際には、イリベラルなエセ民主主義国や中国のような正真正銘の専制体制がグローバリゼーションの背景でとてもうまくやったのです。

彼らはGDPシェアを大きく伸ばしました。いいですか、中国のGDPシェアは今や、購買力平価ベースで見るとアメリカとカナダのそれを合わせたよりも大きいのですよ。

この傾向は募るばかりです。だから彼らはすばらしきリベラルな国際秩序の勝者です。それは私をいささか、神聖ローマ帝国は、神聖でもローマ的でも帝国でもなかったと言ったヴォルテールのような不安に陥らせます。リベラルな国際秩序など、リベラルでも国際的でもさして秩序だった体制でもありません。

第1次世界大戦の惨劇は過度なグローバル化がもたらした

グリフィス:面白いご指摘ですね。最後に、リベラルな国際秩序が強い重圧にさらされ、ある種の終焉に向かっている兆候は何か見いだせますか。すでにリベラルな国際秩序の衰退の兆候として、ブレグジットとドナルド・トランプについて話しましたが、もっと大きな変化の予兆としては、何を見いだしますか。

ファーガソン:「ポピュリストはきっと未来永劫にすべての選挙に勝ち続けるだろう」というのは素人考えです。そうならなかったときに、「ほら見たことか、すべて空騒ぎだったんだ」ということになる。

私は英語圏で2016年に起きたポピュリストによる巻き返しは、全体像の一部でしかないと思っています。すでに2008年には、金融危機が国際的な金融体制の脆弱さを暴露しました。私は、国際金融体制は今も脆弱であると思うし、比較的近い将来、おそらくは中国を震源地に、次なる金融危機が起きても驚きません。

となると、問わなければならないのは、このすばらしい体制は世界で最も無秩序な地域すなわち北アフリカと中東に秩序をもたらせるのか、ということです。現時点では安心材料はあまりありません。私が恐れるのは、事態の好転を待たずにさらに悪化することです。

シリアとイラクばかりか、さらに広い地域に紛争と失敗国家が広がるのではないか、ということですよ。だからさらなる危機の萌芽を探すなら、政治や単なるポピュリズムに注目しても意味がありません。それはリベラルな国際秩序が問題を抱えていることの1つの兆候にしかすぎません。むしろ次なる金融危機、そして次なる紛争に目を向けることです。

歴史は大きな教訓を残しているのです、ラッドヤード。これは私が強調したい点ですが、ハイパー・グローバリゼーションの実験は過去にもやっていることです。19世紀後半にね。

当時、移民と貿易はほぼ野放しでした。国境を越えての資本移動も、無規制同然でした。とてもグローバル化された世界だったのです。

当時、その恩恵を受けた1パーセントの人々は、わが世の春でした。そして当時の人々は、この新たなる国際秩序の下では戦争などもう決して起こらない、なぜなら万事が順調なのだから、と信じて疑いませんでした。

残念ながら、ポピュリストの反動は、やがては1914年の第1次世界大戦という最大の危機を頂点とする一連の動乱の始まりにすぎませんでした。戦争もまた実にグローバルになることがあるものです。リベラルな国際秩序が本当に失敗したとわかるのは、20世紀初頭に犯した失敗を繰り返したときです。そしてそれは大きな紛争を生むでしょう。

ニーアル・ファーガソン 歴史家

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Niall Ferguson

世界でもっとも著名な歴史家の1人。『憎悪の世紀』、『マネーの進化史』、『文明』、『劣化国家』、『大英帝国の歴史』、『キッシンジャー』、『スクエア・アンド・タワー』など、16点の著書がある。スタンフォード大学フーヴァー研究所のミルバンク・ファミリー・シニア・フェローであり、グリーンマントル社のマネージング・ディレクター。「ブルームバーグ・オピニオン」にも定期的にコラムを寄稿している。国際エミー賞のベスト・ドキュメンタリー部門(2009年)や、ベンジャミン・フランクリン賞の公共サービス部門(2010年)、外交問題評議会が主催するアーサー・ロス書籍賞(2016年)など、多数の受賞歴がある。

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ラッドヤード・グリフィス ジャーナリスト

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ラッドヤード・グリフィス / Rudyard Griffiths

オーリア慈善財団のプレジデント。カナダの人気討論番組「ムンク・ディベーツ」の司会者を務める。2006年、『グローブ・アンド・メール』紙にカナダの「40 歳以下のトップ 40 人」に選出された。歴史、政治、国際問題などについて 13 冊の著作を持ち、その中には『グローブ・アンド・メール』の2006年ベストブックに選ばれた『我々は何者なのか:市民のマニフェスト』(未訳)などがある。妻と2人の子と共にトロントに在住。

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