「閉塞の中のアイデア」こそが「市場を創る」理由 創造へのヒントは「他者への優しさ」にある

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現下のコロナウイルス流行のプロセスでも、同じようなことが起きるだろう。社会環境に変化が起きて、生活者がそれに対応することを迫られたときに、「当座の手持ちの資源」で何かしら対応しようとする。

現在ならば「布マスクもオーブンで消毒できるじゃないか」というように、いろいろ感染流行を防ぐ手立てを試行錯誤するうちに、新しいライフスタイルが形作られて、そのうちのいくつかが次の「暮らしの常識」に定着していく。

都市生活のリデザインを

そう考えると、このひと月ほどの短期間で一気に進んだ「テレワーク」も、新しい文化だといえる。ウイルスの脅威に追い詰められないとなかなか本腰で取り組まなかった日本企業が、背に腹は代えられず実現に挑んでみた。すると、そこそこのレベルなら案外やれるものだ、という感慨を周囲で聞くようになった。

三宅秀道(みやけ ひでみち)/経営学者、専修大学経営学部准教授。1973年生まれ。神戸育ち。早稲田大学商学部卒業。都市文化研究所、東京都品川区産業振興課などを経て、早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員、フランス国立社会科学高等研究院学術研究員などを歴任。専門は、製品開発論、中小・ベンチャー企業論。これまでに大小1000社近くの事業組織を取材・研究。現在、企業・自治体・NPOとも共同で製品開発の調査、コンサルティングにも従事(写真:三宅秀道)

それで気づいたのは、これは大正から昭和の初め頃に阪急電鉄の小林一三が創造した「中距離電車通勤サラリーマン生活モデル」のモデルチェンジだ、ということである。当時、工業化が大阪で進んで、煙害が問題になっていた。そこで小林が「煙の都を出て快適な郊外で住もう」と呼びかけ、鉄道路線の設置と沿線開発、住宅分譲を一体として進めた。

核家族が郊外の建て売りに住み、父親だけが都心に通勤し、日々の買い物は駅前の系列スーパーで、贅沢な買い物は都心ターミナル駅上の系列百貨店で行い、郊外の終点駅周辺には遊園地、動物園、少女歌劇団が配置されて沿線住民が娯楽を享受し、映画会社に映画館まで展開し、大学も誘致した。

このモデルを関東の私鉄も見習ったので、日本の大都市圏の電車利用者はみんな、小林一三の掌の上で生活してきたのが、この100年の日本のサラリーマン家庭だったのだ。

今回のコロナ禍で電車利用をここまで控えるのは、感染抑止の必要が差し迫った一定期間のことだけかもしれない。しかし、一度テレワークをしてみたら会社の業務プロセスも見直され、紙の書類にハンコをもらう慣習も廃れ、会議も参加者を減らしてネットミーティングで代替する、という変化は、起きてみたら合理的だ。

だから、もうコロナ以前と同じようには戻らない。人々が都心にまったく行かなくなるわけではないが、今後は確実に都心と郊外で行うことのバランスが変わるだろう。

そしてこの変化は、コロナ禍でやむをえず取り組んだ結果だが、それに利用した通信インフラやネット会議用のアプリはすでにあったからこそ、急な取り組みもできたのだ。

ということは、どうして今までやらなかったのか。従来のやりかたを変えるのが億劫だっただけではないか。その気になればもっと早く、ペーパーレスもハンコレスも推進できたはずなのに、私たちは所属組織の旧習の惰性で生きていなかっただろうか。

ほかにも、例えばこの外出削減生活でネット通販を利用する頻度が増えた。これまでは配達が来ても留守にしていて再配達で運送業者さんに手間をかけてしまっていた。しかしこの状況になると、もう注文時に「置き配」指定に抵抗がなくなるし、配達員さんも躊躇なくガスメーターボックスの隙間に段ボールを積んでいく。私たちもそれに抵抗を感じない。

少し前まで、「再配達は無駄だから駅前に受け取りロッカーを設置して暗証番号を設定できるようにしよう」とか言っていたのは何だったのか。私たちがガスメーターボックスの隙間の持っていたポテンシャルを見落としていただけではないか。ほかにも、これからこうした暮らしかたの創造は多く起きるにちがいない。

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