「閉塞の中のアイデア」こそが「市場を創る」理由 創造へのヒントは「他者への優しさ」にある

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そんな都合のいい繊維素材があるというのか。実際にある。4年前、大手繊維素材メーカーと同社の素材を使う織布メーカーの勉強会でセミナー講師に呼んでいただいたときに、雑談していて、「こんな天の羽衣みたいな素材ができたのですが、何に使えばよいでしょうか?」と見せられたのを、ふと思い出した。

日本の製造業は、優れたシーズをたくさん持っている。優秀なエンジニアや研究者たちの努力の成果である。それなら、それが社会のどこにどのように応用されるか、そちらを頑張って考え、提案普及させる努力もしないと、使われないままシーズが滞貨になって技術者たちが報われない。

技術資源に釣り合うだけの文化開発こそを、意図的にしっかりやっていただくことが不可欠ではないだろうか。

家の中まで土足で上がる欧米の習慣も、近年は少し変わり始めたらしいが、ここで改めてウイルス感染防止の観点から問題が指摘されている。そこで日本から新しく「屋内では靴を脱ぐ」文化を提案すれば、少しずつでも置き換わっていく可能性がある。

もちろん、何千年と続いてきた旧習を変えるのだから工夫が必要で、「一見すると革靴にも見えるスリッパ」などと調整しないと、足首から上のファッションとフィットせずに違和感があるだろう。

しかし、そうした意匠の工夫で「屋内では靴を脱ぐ生活」への突破口を開けば、「日本的ライフスタイルもいいものだ」と改めて着眼されて、あわよくば座椅子・座布団・掘りごたつと「靴を脱いでこそリラックスできる暮らし」のエコシステムに丸ごと人気が出るかもしれない。それが日本から生活消費財、日用品を提案供給する新文化の開発と展開につながる。

それを実現するためにも、ここは社会が一致協力して、「日本社会はどうやってコロナ禍を克服したのだろうか?」と思われるようにして、ソフトパワーに説得力を持たせなければいけない。今は確かに不安と閉塞感に陥りがちだが、どうか希望を持って、耐えるべきは耐え、互いの生存のために頑張りましょう。

生活上の新コンセプトの商品が生まれる

日本社会も、今は医療崩壊を避ける正念場である。人々はさまざまな状況の急変に直面して、右往左往しているありさまだが、その合い間にも、いろんなアイデアのきっかけに出会うはずである。社会が大きく変化するときは、新しいコンセプトの商品が考案・創案される契機である。

医療関係者は非常な困難に立ち向かわれていて、その方々にはまったく敬意を表する以外にない。そして医療関係者以外も今、変化に対応するために、試行錯誤して困難な生活を支えようとしている。そこでは急場しのぎのありあわせでしのがなければならないことも多々あるだろう。

しかし、筆者が取材研究してきた多くのクリエイティブな文化の開発者たちに共通していたのは、自分のみならず、周囲に困っている人がいたら助けたくなって仕方がないようなお人柄、つまり、他者への「優しさ」を持ったパーソナリティだった。それでこそ、ありあわせでも優れた創造性を発揮できたのである。

そして、この閉塞の中でこそ、それでも希望を失わず、未来を切り開いていくのは、悪疫の中にあっても、やはり「優しさ」が基盤になった創造性だと筆者は思う。

そしてそれは誰か、特別に才能がある人にだけできることではなく、私たちみんなの中に潜在しているものである。私たちが今、自宅に籠もっているにしても、その「ここ」こそが、私たちがイノベーションを起こすべき現場であり、私たちがその担当者である。

最後に、私の好きな魯迅の短編「故郷」の一節を引用させていただきたい。「希望とはあるとは言えないし、ないとも言えない。それは道のようなものである。地上にもともと道はない。歩く人が多くなれば、それが道なのだ」

三宅 秀道 経営学者、専修大学経営学部准教授

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みやけ・ひでみち / Hidemichi Miyake

1973年生まれ。神戸育ち。1996年早稲田大学商学部卒業。都市文化研究所、東京都品川区産業振興課などを経て、2007年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員、フランス国立社会科学高等研究院学術研究員などを歴任。専門は、製品開発論、中小・ベンチャー企業論。これまでに大小1000社近くの事業組織を取材・研究。現在、企業・自治体・NPOとも共同で製品開発の調査、コンサルティングにも従事している。著書に『新しい市場のつくりかた』(東洋経済新報社)、『なんにもないから智慧が出る』(共著、新潮社)がある。

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