「閉塞の中のアイデア」こそが「市場を創る」理由 創造へのヒントは「他者への優しさ」にある

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その本で紹介したのは、1970年代に日本中の学校で水泳教育が採用された時期に合わせて、墨田区の中小企業がプールで水泳帽をかぶる文化・生活習慣を世の中に広めた、というケースだった。以下に文化開発のプロセスを4つのフェーズに整理したので、これをもとに説明させていただく。

新しい消費文化を広める4つのフェーズ

学校のプールで水泳を指導するとき、子どもたち一人ひとりの泳力には大きな差があるから、泳げる子は泳げる子、泳げない子は泳げない子、とその場で分けて指導しなければいけない。

しかし、プールサイドから体育教師が斜め下の児童たちを見下ろして指導していると、個体識別ができない。これだと指導する先生が大変だよね、という意識を持つこと自体が、まず新しい問題の設定、つまり、「問題開発」である。

(出所)三宅秀道『新しい市場のつくりかた』p.27

そのときに、水泳帽に色分けしたマジックテープで、その子がどのくらい泳げるかという情報を表示することで、一人ひとりの力量がパッとわかる、というようにその問題を解決する技術を実装して商品に作り込むのが「技術開発」である。

ただし、ここで使う技術は必ずしも自社で純正技術を開発する必要はない。マジックテープという素材が広まりつつあった時代に、水泳帽の前頭部にこれを貼れば水泳帽自体が「泳力表示板」になる。じゃあマジックテープを仕入れて縫い付けよう、というように、よその技術を採用しても、もちろんよい。

そして、次に来るのが「環境開発」である。全国の学校にプール自体を普及させたのは当時の文部省の方針だが、そこで子どもたちを泳力別にグループ分けして指導するのに便利なように浮きのついたコースロープや、独力で泳げない子がバタ足を練習できるビート板などを開発する。

こうした水泳教育のエコシステム自体をセットで整備したことによって、水泳帽を使った泳力別編成水泳教育、という用途提案が説得力を持つことになった。

そして、「この水泳帽と一連のプールグッズをこんなふうに使えばプール指導に便利だ」という商品の利用価値についての認知を、全国の小中学校の体育の先生に手紙を送って、「なるほどこれは便利そうだ」という「認知開発」を行った。

新しい消費文化を社会的に広めるには、こうした4つのフェーズを統合して取り組むべきですよ、というのが拙著の論旨である。

それ以前は、水泳帽をプールでかぶるのは、泳ぐ邪魔にならないように長い髪を水泳帽でまとめる、一部の女性だけだった。しかし、今は日本人の感覚として「プールでは水泳帽必須」というのが常識になって、うっかりスポーツクラブで着用を忘れてプールに入ろうとすると、笛が吹かれて注意されるようになった。

プールで水泳帽をかぶらないことを不注意で不潔な振るまいと感じるくらいに、日本人の衛生感覚が向上したわけである。それももとは、墨田区の中小企業が開発した、このプールライフの文化が世の中に普及したことによる。

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