日銀と政府の新型コロナ対策は間違っている 病気は深刻だが危機は過大視されていないか

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しかし、この「危機意識の薄さ」が、今後より大きなリスクをもたらす可能性がある。それは財政破綻危機だ。もし、欧米が本当に恐慌になった場合には、もちろん日本経済への影響は大きい。そのときに、日本でもタイムラグをともなって企業倒産が急拡大する可能性がある。そのときこそ、財政出動が必要であり、中小企業だけでなく、大企業の救済が必要になる可能性があり、失業者に対する手当てや職業訓練対策で大規模な財政出動が必要になる可能性がある。

このように、株価対策が無意味であることは明らかだ。アメリカの政策当局の恐怖感から学ぶ最大のポイントは、現在の需要消失に対する景気対策として、国民全体にカネをばら撒く給付金も、幅広く消費税減税をするのも間違いであるということだ。

「恐慌の恐怖」の真犯人は「誰」か?

もう1つ、今論じるべき第2の重要な論点は、このような「恐慌の恐怖」を引き起こした危機の犯人は、新型コロナウイルスそのものというよりは、それに対する人々と社会の恐怖感であることだ。

今、このようなことは表立って誰もいえないようだが、この病気自体は、確かに怖い。だが、依然インフルエンザとほぼ同等の病気と言えなくもない。違いがあるのは、初めての病気で「今後どうなるかわからない」という恐怖感だ。その恐怖感が、恐慌の危機をもたらしているのだ。

FED関係者までが失業率30%に言及し、IMF(国際通貨基金)ですら、「2007-2008年の金融危機(日本的に言えばリーマンショック)を超える危機だ」、という。普段メディアで危機を煽るようなことをしないグレン・ハバード元大統領経済諮問委員会(CEA)委員長やケビン・ハセット前委員長といった人々ですら、現在の危機を1930年代の大恐慌と比較している。

個人的には、中国や日本の状況を見れば、これは明らかに危機を過大推計していると思う。だが、新型コロナウイルスの感染症としての今後の見通しに関係なく、明らかなのは、恐慌危機をもたらしているのは、人々と社会の恐怖感であることだ。

そして、この恐怖感に対しては、いかなる経済対策も論理も無意味だ。この恐怖を除去することは、経済対策では不可能であり、ましてや景気対策でGDPを上げようとしても解決しない。さらに、恐怖に陥っている人々は、現金給付を受けても活動を止めているわけだから、ほとんど消費のしようがない。確かに部分的に巣篭もり消費こそ増えているが、下手をすれば消費の目詰まりが起こり、買い占めや行列ができるだけで、ただの無駄どころか、逆効果になりかねない。

確かに「この恐怖感は、コロナウイルスに対するワクチンが開発されれば収まる」という議論は一見正しい。だが、実際には正しくない。かつてのSARSやMARSはワクチンが開発されなくとも、結局は収まった。なぜなら、恐怖感は恐怖から生まれているだけであり、恐怖を感じなくなれば、ウイルスがこの世から根絶されなくとも、恐怖感から生じている経済危機は解決されてしまうからである。

このような状況で、本当に理論的に正しい経済対策は、過度に経済活動停止を求めずに、的確にピンポイントで対策をおこなうことである。だが、政治家だけでなく普通の人々までもが、危機と闘う姿勢をみせないと非難される状況にある。そのため、すべての人が過度で丁寧な議論と分析抜きの包括的な経済封鎖を求めることになり、政治家はこれに応じて、勇敢な姿勢をみせようとし、過剰な政策を打つことになる。

新型コロナウイルスはもちろん深刻である。だが、それをさらに深刻にしているのは、病気そのものよりは、極端なSNSの炎上などに見られるような現代社会の病気や伝染病によるものなのである。これに関しては、いまのところいかなるワクチンも見つかっていないのである。

小幡 績 慶應義塾大学大学院教授

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おばた せき / Seki Obata

株主総会やメディアでも積極的に発言する行動派経済学者。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現・財務省)入省、1999年退職。2001~2003年一橋大学経済研究所専任講師。2003年慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應義塾大学ビジネススクール)准教授、2023年教授。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。著書に『アフターバブル』(東洋経済新報社)、『GPIF 世界最大の機関投資家』(同)、『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)、『ネット株の心理学』(MYCOM新書)、『株式投資 最強のサバイバル理論』(共著、洋泉社)などがある。

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