堀潤「私が大きな主語で語る風潮を警戒する訳」 私たちは知らないうちに加担してしまっている

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非正規労働の拡大は、今も日本経済と暮らしを蝕む社会問題だ。非正規社員の給与は正社員の待遇とは大きく差がある。非正規で働く女性の年収は140万円台。子どもを育てるためダブルワーク、トリプルワークで身体を壊してしまう女性の取材もした。非正規雇用で働く人たちの駆け込み寺として立ち上がった労働組合「派遣ユニオン」の相談電話が鳴り止まなかったのも忘れられない現場だ。

派遣先で怪我をしても補償が受けられないばかりか契約を解除されたり、本人に知らされないまま賃金が不当にピンハネされていたり、問題が山積だった。そうした人々を雇う派遣会社の本社が都心の一等地のビルに置かれていたことにも驚かされた。なぜ、人権を蔑ろにするのか理由を尋ねるため取材を申し込み訪ねた彼らのオフィス。六本木ヒルズの上層階に、デザインされたオフィスが広がっていた。

「私たちもノルマがある」

ずらりと並んだ社員1人ひとりの椅子には高い背もたれがついていた。経営者は雲隠れして、結局インタビューに答えることはなく、代わりに現場の社員が覆面を条件に取材に応じた。「私たちもノルマがある。ノルマが達成できなければクビになるかもしれない。派遣の人たちには申し訳ない思いもある」と、彼らの心情もまた苦しかった。資本主義とは得体の知れない欲望の装置だと感じた。

六本木のビル前で行われた抗議集会に参加した男性に一通り、職場の状況や訴えの中身についてインタビューをした後、最後に「将来の夢は何ですか?」と尋ねた。その時の男性の失望に似たため息が、今も私の心を締め付ける。

「堀さんは、安定した給料がある。クビにもおそらくならないでしょう。だから来年どうしていたいのか、10年後にどんな暮らしをしているのか、未来を語ることができますよね。でも、僕はこの取材を受けた後、家に帰って布団の中で携帯電話で明日の仕事を探すんです。わかりますか? この気持ちを。夢を語ることができると思いますか?」

返す言葉がなかった。

読者の皆さんに告白したいことがある。拙著『わたしは分断を許さない』を執筆するにあたり、しばらくの間、筆が全く進まなくなり、再開するまで2週間近くかかったことがあった。

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