堀潤「私が大きな主語で語る風潮を警戒する訳」 私たちは知らないうちに加担してしまっている

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荒川の河川敷で臨んだインタビューもその答え探しの1つだった。同世代の派遣社員は、加藤の犯行をどう見ているのか知りたかった。事件が起きた2008年当時、経済情勢は混乱していた。「失われた20年」と言われた時代だ。バブル崩壊後の出口の見えない平成不況が続き、経済成長しても給与に反映されない「実感なき景気回復」と言われた時代を経て、アメリカの金融不祥事による世界的な景気悪化を引き起こした「リーマンショック」でとどめを刺された。

安いものが売れる時代。賃金が上がらないため、さらなる安さが求められ、売り上げが落ちると賃金はさらに下がっていった。経済の悪循環で、デフレスパイラルに陥っていた。企業は賃金の安い非正規社員の活用に活路を見出した。

男性は大学を卒業以来、派遣の現場で転職を繰り返していた。インタビュー当時、彼は東京の北部の町で、トラック製造工場の派遣社員として勤務していた。加藤の犯行について聞くと「非難はできない」と返ってきた。むしろ、気持ちがわかるという。「なぜ共感するのか?」と尋ねると逆に質問が返ってきた。

僕らはトンカチやネジと同じです

「堀さんを評価するのは、どの部署ですか?」

「人事部です」

「僕を評価するのは何部か知っていますか?」

「人事部では、ないということでしょうか」

「資材部です」

「資材部?」

「どのくらいの工具が必要か、材料が必要かを管理する資材部です。今日は何人派遣が必要か。明日は何人いらないか。僕らはとんかちやネジと同じです。会社にとってみたら人間ではないんです」

日雇い雇用の現場は問題が山積だった。雇用の調整弁という言われ方もしていた。「堀さんは、人事部で人間として扱われる。僕らはそうではない。気持ちがわかりますか?」というくくりの言葉で、私は何も言えなくなった。

当時、私はNHK夜9時の報道番組『ニュースウオッチ9』の担当だった。格差や貧困と働き方が結び付けられて論じられるようになった頃だ。日々の取材でその現象を追っていた。2006年から2007年は、働いても働いても豊かになることができない現場を追ったNHKスペシャルでタイトルに使われた「ワーキングプア」や、所得や教育、職業などあらゆる分野で格差が広がったことを表した「格差社会」、雇用の現場が崩壊し、家も借りられずにネットカフェを転々として暮らす人々を指す「ネットカフェ難民」などが新語・流行語として注目を集めた。2009年は不況で次々と非正規社員が突然職を失う「派遣切り」という文言が続いた。そのほかにも「名ばかり管理職」、「偽装請負」など思い出しても辛い言葉が続く。

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