「コロナショック」は「経済学の敗北」なのか

「リーマン後」再評価された不均衡動学の凄み

実は、この実相は、経済物理学という実証的な解析分野で検証され、確認されている(詳しくはベノワ・マンデルブロ『禁断の市場』など参照)。

そして、そのバブル的な不安定さを和らげるために必要なものは、実は「非効率的な何か」である――。

不均衡動学派のこのような“市場観”は、主流派の「神の見えざる手」が効率性・合理性の基に均衡点(最も適した価格)を指し示すという市場観と、文字どおり、真っ向から対立する。

二つの市場観、「一般均衡理論」と「不均衡動学」

“市場観”は、経済学にとって本質的なものである。依拠する経済学の原理を左右する、根源的なものであるからだ。

主流派の依拠する「神の見えざる手」の現代版のモデルは「一般均衡理論」と呼ばれる。それは、「高すぎれば買われず、買われるまでの値段まで下がり、低すぎればすぐに売り切れてしまうため、価格は相応に高くなる」というアダム・スミスの「神の見えざる手」のプロセスを通じて、ある決まった「適切な価格」へと必ず収斂するメカニズムを、一般的な経済原則にまで拡張したものである。

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そして一方、ケインズを嚆矢とし、価格は均衡しないことも多く、市場のプレイヤーが効率性を求めて合理的に振る舞えば振る舞うほど不安定化すると指摘する、岩井克人氏が再構築した不均衡動学。

この2つの学派は本来、経済原理の双璧、分析・施策の両輪として存在するはずのものだったとすれば、それぞれがお互いに拮抗し、議論し、補完することで、経済学の成果はより豊かなものになりえていたのではないか。

19世紀は、「自由主義の世紀」と呼ばれるように、自由放任主義思想が支配した世紀でした。だが、20世紀に入るとその思想に翳りが見られ始め、1929年のニューヨーク株式市場の大暴落をきっかけとして世界大恐慌が始まります。そのさなかの1936年、ケインズが『雇用、利子および貨幣の一般理論』を出版し、いわゆる「ケインズ革命」が起こりました。 当時、アメリカ政府が大恐慌からの脱出のために積極的に市場に介入するニューディール(新規まき直し)政策をおこなったこともあ り、その後しばらく学問的にも政策的にも、不均衡動学的な立場が大きな影響力を持ったのです。だが、その勢いも一時的でした。経済学のそもそもの父祖はアダム・ スミスです。ケインズ政策の成功により資本主義が安定性を取り戻すと、1960年代にはフリードマンをリーダーとする新古典派経済学の反革命が始まりました。そして、70年代には学界の主導権を握ってしまいます。さらに、フリードマンらの思想に 大きな影響を受けたアメリカのレーガン政権、イギリスのサッチャー政権の下で、1980年代から、経済政策も自由放任主義の方向に大きく再転換していきました。
自由化を旗印に多くの分野で規制緩和が進められ、あらゆるリスクを証券化し、証券のリスクもさらに証券化していく金融革命を先兵として、全世界を市場で覆い尽くしていく「グローバル化」が始まったのです。すなわち、グローバル化とは、資本主義を純粋化すればするほど効率性も安定性も高まる理想状態に近づいていくという新古典派経済学の基本思想の「壮大な実験」であったのです。
ところが、2008年のリーマン・ショックが引き金を引いた今回の世界大不況 は、この壮大な実験が壮大な失敗に終わったことを意味します。たしかに、グローバル化は、資本主義の効率化を進め、平均的には世界全体に大きな経済成長をもたらすことになりました。事実、1980年には40%を超えていた世界全体の絶対的貧困率は2015年には10%近くまで減少しています(この歴史的事実は絶対に忘れてはなりません)。だが、それは同時に、「100年に1度」といわれた世界規模の経済危機をもたらしてしまったのです。資本主義において、効率性と安定性は二律背反していることが実証されてしまったのです。
(前掲書、p.85)

2つの学派の“均衡”をこそ取り戻すことで、経済学を強化していくことは、今からでも遅くないのではないか。甚大なバブルの崩壊を目の前にするたびに、私はそう考えてしまうのである。

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