派遣法改正は詰めの段階に、ヤマ場を迎えた労働政策審議会
一方、08年秋の「リーマン・ショック」後は製造業の生産水準が急落したため、派遣契約を中途解除する「派遣切り」や契約を更新しない「雇い止め」が続出。製造業の派遣社員は工場で単純労働に従事しながら社員寮に住んでいたケースが多く、仕事と住まいを同時に失う人も相次いだ。
製造業派遣は「雇用の調整弁」との批判を浴びるようになり、民主党は09年8月の衆院選でマニフェスト(政権公約)に原則禁止の方針を盛り込んだ。
民主党が衆院選で勝利した後、社民、国民新の各党と締結した3党合意には製造業派遣の原則禁止に加え、仕事がある時だけ雇用するため労働者が不安定な立場に置かれるとの批判が強い「登録型派遣」の原則禁止、違法派遣が行われた場合に派遣会社から派遣先企業に雇用契約を移すことができる「直接雇用みなし制度」の創設も明記。麻生前政権が提出した同法改正案に比べ、大幅な規制強化を打ち出している。
長妻昭厚労相は10月、派遣制度の審議を諮問した際に「製造業派遣や登録型派遣のあり方など追加的に措置すべき事項の検討を行い、改めて法案を提出する必要が生じている」と指摘した文書を審議会に提示。連立合意にできる限り即した形で審議するよう求めている。
中小企業で「偽装請負」を招く恐れ
政府は小泉政権下の03年、製造業派遣を解禁する労働者派遣法の改正に踏み切った。派遣労働者は同年に50万人だったが、07年から当初1年間だった派遣期間が3年に延長されたことや景気回復により、08年には140万人超に急増。しかし、同年秋からの「派遣切り」などにより、09年7~9月には102万人にまで急減している。
一方、製造業の生産水準はアジア向け輸出の回復、エコポイントやエコカー減税の効果で、同3月を底に徐々に持ち直してきている。自動車メーカーなどには生産持ち直しにより期間社員を新たに雇用する動きも出てきたが、与党が大幅な派遣規制の強化を打ち出したため、派遣の再雇用は極めて低調なようだ。