働かないオジサンの定年後は、寂しい
サラリーマンは、社会と直接つながっていない

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X(自分の得意技)は、サラリーマンから転身して起業・独立した150人に、来る日も来る日も話を聞きまくった。彼らの生き方に何度も自分を重ね合わせてきたので、この分野についてはそこそこ詳しいと自負している。

しかし、Y(社会の要請・顧客のニーズ)をつかむことは簡単ではない。会社に所属する限りは、Yを考えなくて済んだからである。多くのサラリーマンは、このYの部分が弱いので、生涯現役が遠のくのである。

個人事業主の一例として、お笑い芸人さんを考えてみよう。現在、テレビで自分の名を冠にした番組を持っている、ビートたけし、明石家さんま、笑福亭鶴瓶などの各氏は、いずれも若いときに、漫才や落語で修業を積んでいる。漫才や落語を通して、Y(社会の要請・顧客のニーズ)とその変化を把握するトレーニングを徹底してやってきているので、長い期間にわたって大きな枠組みで仕事ができるのである。

一方で、毎年、テレビで爆発的にヒットする芸人さんもいる。世の中では一発屋とも呼ばれている。もちろん一時的にしても、芸人さんとして売れるということは、すごいことだ。ただ、彼らの多くはX(自分の得意技)をやっていたら、たまたまY(社会の要請・顧客のニーズ)に激しくぶつかったものである。Yをつかみ切れていないので、顧客のニーズが変化すると対応できない。だから2年もすれば、画面に登場しなくなるのだ。

サラリーマンの場合には、芸で食べていくということではないので、同様に考える必要はない。しかし社会に対するつながりが薄いのだということは、意識しておいて損はないだろう。生涯現役を目指すのであれば、何らかの形でY(社会の要請・顧客のニーズ)を把握する必要があるからだ。

さらに働かないオジサンになると、直接にも間接にも社会とつながっていないので、より厳しい状況だと認識しておくべきだろう。

会社の仕事にどうしても意味を見いだせなければ、会社の枠をはみ出て、社会的要請に応えるように努力すべきである。それができたら、彼は、もはや働かないオジサンではなくなる。会社の仕事の中にも、社会的な要請を見いだすことができるようになるからだ。

冒頭の映画『アバウト・シュミット』のラストシーンで、シュミットは留守中に届いていたチャリティ団体からの手紙を開ける。その中にあるタンザニアの養子ンドゥグが書いた、大人と子供が手をつないでいる絵を見て、シュミットは泣き出すのである。

シュミットに感情移入してしまうすばらしい場面であるが、それでも人とつながるためには、自分で何かをやらなければならないという、厳しいメッセージも込められている。世の中が求めていることの中から、自分が取り組む何かを見つけることが、生涯現役には必要なのである。

楠木 新 人事コンサルタント

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くすのき あらた / Arata Kusunoki

1954年神戸市生まれ。1979年京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長等を経験。47歳のときにうつ状態になり休職と復職を繰り返したことを契機に、50歳から勤務と並行して「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演に取り組む。2015年に定年退職した後も精力的に活動を続けている。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務めた。現在、楠木ライフ&キャリア研究所代表。著書に、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『定年後』『定年準備』『転身力』(共に中公新書)など多数。

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