「ダウン症の娘」を伝える授業で心に響く真実

福岡で元教諭の体験談が感動呼び700回以上に

ーーお姉ちゃんはどうでしたか?

梓が3歳、姉が小4のときのエピソードを授業で話します。夕食のとき、娘が「私は将来、たくさん子どもがほしいなあ」と言うので、私は「いいねえ、あなたは子どもが好きだから楽しいっちゃない」と答えました。すると娘は「私も障害のある子を産むかもしれんやろ。そしたら……」、さあ、何と言ったでしょう? 

授業では「私、大丈夫かなあ」「お母さん助けてね」などと答えが返ってきます。実際は「おもしろいね」と娘が言ったんです。意外でしょ?「手話したり車いすを押したり、いろいろな兄弟姉妹がいたら楽しい」と。子どもの発想にハッとさせられました。

ーー小学校は特別支援学校ではなく、地域の通常学級に進学されたそうですね。

名前の読み書きもできず、重い障害のある梓が地域の小学校でやっていけるか心配でした。でも、保育園の園長先生が背中を押してくださったんです。「赤ちゃんのときから一緒に育ってきた子たちが一緒に入学するから大丈夫。友達は梓ちゃんが何て話しているかわかるし、保育士が靴を履かせようとしたら『もうちょっと待ってあげたら、ひとりで履けるよ』と教えてくれる。みんな梓ちゃんが大好きなのよ」と。それで教育委員会や地域の小学校にお願いして、通常学級に行けることになりました。

ーーよかったですね。

まわりの人に恵まれて、1年生のうちは楽しく通っていました。でも、2年生になると授業が難しくなり、ひらがなを読めない梓は授業が苦痛で、教室から逃げ出すように……。私は「梓は勉強をわかりたいのだろう」と捉え、特別支援学級のある学校に転校させました。そこできめ細かに指導してもらい、絵本が読めるようになりました。

すると翌年、地域の小学校に念願の支援学級ができたんです。転校して戻ると、先生や保護者が「お帰り」「待ってましたよ」と梓を抱き上げてくれて、うれしくて涙が出ました。小中学校は特別支援学級で過ごしました。

梓さんの存在がクラスのみんなを1つに

ーー小中学校生活で、特に印象に残っていることは?

運動会です。小学4年のとき、梓は友達とソーラン節を立派に踊りました。よく見ると、移動のときは誰かが背中をそっと押してくれて、ポーズを取るときは隣の子が「手を伸ばして」と声をかけてくれていて。客席から「あず、頑張れ」「かっこいい」と大声援を送ってくれた中学生は、1年生の梓をお世話してくれた6年生たちでした。

中学の体育会も感動しました。中学では生徒がダンスリーダーになり、曲や振り付けを決めます。大移動や難しいステップがあり、梓は足踏みしたりオタオタしたりして全体を乱してしまい、見ている私は毎年申し訳なくて。でも、3年生の体育会は、先生が「是松さん、今年は期待してね」と言うのです。

当日、梓はみんなと同じように踊っていました。先生によると、梓の同級生がダンスリーダーになり、梓に根気強くダンスを教えてくれて、梓ができるステップだけでダンスを組み立ててくれたのだそう。たった1人の梓のことを考えて、仲間みんなで素晴らしいダンスを創り上げてくれた……。みんなが踊る姿を見ている先生方も涙を流されていました。

ーー梓さんの存在によって、みんなが1つになったんですね。今、梓さんはどうしているのでしょう?

現在の梓さん。障害者就労支援施設でタオルたたみの仕事をしている(写真:是松いづみさん提供)

25歳になり、福岡市内の障害者就労支援施設で、タオルたたみの仕事をしています。できないことはたくさんありますが、今もいろんな人に助けてもらいながら、マイペースで楽しく生活していますよ。

ーー17年にわたり授業や講演をされてきました。

2002年に初めて授業をしたとき、梓は小学1年生。成長と共にエピソードが増えていきました。同じ授業でも聞いてくれる人たちによって場の雰囲気や反応が違い、たくさんの出会いに恵まれました。

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