私たちが貨幣に翻弄され「罠に落ちる」根本理由

経済と人間の本質を描ききる「欲望の貨幣論」

『岩井克人「欲望の貨幣論」を語る』で、岩井氏は「貨幣とは何か」に関しては、一般的に想像される以上に難問なのだと指摘する。とくに、貨幣を“貨幣“たらしめる理由(機能するメカニズム)に関して、経済学者の間ですら今でも意見が分かれるという。

岩井氏の結論としては、人々が貨幣を受け入れるのは、貨幣自体の価値的な根拠ではまったくなく、受け入れられてきた事実性(慣習)と、将来も皆が受け入れるであろうという(漠然とした根拠のない)予期によるものだという。

そして、貨幣に値打ちがあるからという「商品貨幣論」も、法律で定められているからという「貨幣法定論」も、歴史的事実に照らし合わせれば矛盾があると論じる。

つまり、価値にも法的強制力にも依拠しない、「貨幣を誰もが貨幣として受け入れてくれる」という一種の”社会的な思い込み”のみで機能しているというのが「貨幣の本質」だというのだ。

だれに聞いても、「ほかの人が500円の価値がある貨幣として受け取ってくれるから、私も500円の価値がある貨幣として受け取るのです」と答えるだけなのです。だれもが、「ほかの人が貨幣として受け取ってくれるから、私も貨幣として受け取るのです」と答えるのです。<中略>思い切って縮めてしまうと、以下になります。
「貨幣とは貨幣であるから貨幣である。」
これは、「自己循環論法」です。木で鼻をくくったような言い回しで申し訳ないのですが、別に奇をてらっているわけではありません。真理を述べているのです。貨幣の価値には、人間の欲望のような実体的な根拠は存在しません。それはまさにこの 「自己循環論法」によってその価値が支えられているのです。そして、この「自己循環論法」こそ、貨幣に関するもっとも基本的な真理です。(同書P47)

貨幣は、それを受け入れてくれるだろうという事実性や期待だけで機能している。それゆえに不安定さを本来的に抱えるものであり、みなが受け入れなくなればそれは価値を失ってしまう。

ただ、私たちはそのような貨幣に大きく依存しながら過ごしているし、貨幣がなければ経済は回らない。このことは、潜在的に大きな問題を抱えることになる。

貨幣の所有は「最も純粋な投機」

人はなぜお金を欲しがるのか。モノとして役に立たない貨幣は、皆が貨幣として受け入れなくなれば、それ自体はなんの魅力もなくなってしまう。

しかし、私もそうだが、たいていの人はお金がたくさん欲しい。

お金自体を自分で作るわけにはいかないため、いろいろなものの交換で貨幣を得ることになる。土地やモノなどいろいろなものの中に「労働」があり、私たちの労働を貨幣に換える行動がいわゆる「働いて稼ぐ」ことであるが、実は貨幣を所有することは最も純粋な投機なのだと岩井氏は言う(「投機」とは、自分が使うためでなくほかの人に売るために買うこと)。

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