組織が150人超えると急に創造力を落とす理由 規模拡大でも活力を失わない科学的アプローチ

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起業家としての手腕も並大抵のものではない。この極めて確率が低く時間のかかる新薬開発事業の経験を通じて、彼は「人の命を救う医薬品は、ビジネスを変貌させるテクノロジーと同様、いかれたアイデアを唱える孤独な発明家に端を発することが多い」ことを学ぶ。本書で主張するルーンショットの重要性はこの経験に根ざしている。

さらに、2011年にオバマ政権下のPCAST (大統領科学技術諮問委員会)の委員に就任している。このときの国家戦略として科学技術を考える経験が、巨大組織におけるルーンショットの育成の「ブッシュ・ヴェイル バランス」確立のベースになっている。彼がPCASTで学んだのは、第2次世界大戦中にヴァネヴァー・ブッシュが設立したOSDR(科学研究開発局)のあり方だった。

1930年代アメリカの科学技術水準と軍事力はドイツに対して決定的に後れをとっていた。ドイツは新型戦闘機や潜水艦Uボートなどの圧倒的な破壊力で大西洋を支配下に置き、核兵器の開発にも着手しつつあった。一方、当時の米軍はこれまでどおりの飛行機・戦艦・武器といった現状兵力の拡大のみを考えていた。

この事実に危機感をもった当時マサチューセッツ工科大学(MIT)副学長だったブッシュはその職を辞してワシントンに移り、軍の誰からも相手にされないような発明や発見を促進する機関(OSDR)の創設をフランクリン・ルーズベルト大統領に進言した。

当然、軍人が支配する巨大組織がそんな組織を受け入れるはずがない。ブッシュは軍人(ソルジャー)とアーティスト(発明家)の巧みな共存を可能とする組織のあり方に優れた能力を発揮して、レーダー開発や核兵器開発を先導し、最終的にアメリカ軍と連合国軍を勝利に導いた。バーコールはこのOSDRのあり方から「ルーンショット」と「巨大官僚組織」の共存を可能とする「動的平衡」というアイデアを得ている。

「ブッシュ・ヴェイル バランス」のヴェイルとは、AT&T社長としてベル研究所を設立したセオドア・ヴェイルからとったものである。ヴェイルもブッシュと同様に、巨大化・官僚化したAT&Tにルーンショット組織「ベル研究所」を設立している。

バーコールは、ノーベル賞およびノーベル賞級の発見・発明を次々と生み出したベル研究所をルーンショット組織として高く評価する。そして、巨大組織AT&Tとベル研の見事な動的平衡を果たしたヴェイルのバランス能力も高く評価して、彼の名前を冠しているのである。

文化ではなくなぜ構造なのか?

前述のように、ルーンショットとは、「誰からも相手にされず、頭がおかしいと思われるが、実は世の中を変えるような画期的アイデアやプロジェクト」を指す。なるほど、そんなものならば、始めから大きな支援を得ることは難しく、あっという間に葬り去られてしまう「もろいもの」なのだろう。

さらに、そうしたばかげたアイデアが生き延びて、具体的な製品や戦略にまで昇華するには、最終的に大規模な組織やチームが必要なのである。この事実がまた新たな問題を引き起こす。ルーンショットを見事に製品や戦略にすることに成功した企業やチームが、突然、ルーンショットを圧殺する集団に変貌してしまう問題である。

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