認知症介護で崩壊寸前の家族を救ったきっかけ 介護にマニュアルなし!介護から「快護」へ

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――五感を使うといってもなかなか難しいのでは?

「そんなことはないです。私も娘も接している時間が長いから、よく見てるということです。表情、しぐさ、その人をよく見れば、あの人が体で教えてくれます。それに応えればいいのです。嫌なことをされたら怒る。怒られたら私もしんどい。だから怒らせんように表情を読む。この方法が正しいかどうかはわかりません。でも、自分たちには、それがいちばん楽でした」

例えば認知症の薬を3年間ほど飲んだが、興奮するとレンジを壊したりすることがあった。目がトロンとしていることもあった。人格が消えていくような気がしてすぐに薬を断ったら、元の人格に戻ったという。これもつねに表情を観察していたからだ。

カルテ以前の「家族の絆」が原動力

自宅へ介護入浴に来てもらうまで、お風呂に入れるのに難儀したことがあった。そんなときも表情を読みながら娘と相談した。修一さんは歌を歌うと踊りだすので、家族で阿波踊りを踊りながら風呂場まで行ったこともある。もっとも、ドアの前でUターンしてしまうこともあったが、何度も繰り返しながら、時には洋服のまま、あるいは下着のまま風呂に入れた。そして修一さんが気持ちよくなった頃を見計らって服を脱がせたという。

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尚代さんは、頑張りすぎるとよく言われる。でも本人は100%頑張るのは危険であることは承知している。「頑張りすぎて、ご主人が亡くなったら自分がデイサービスを利用するようになった」友人を知っているからだ。だから、時間があれば友人とランチをしたり、デパートで買い物をしたりと、適度な息抜きの時間を作っている。

介護を「快護」にするには五感で受け止めることだと重ねて言ったが、それに加え、介護する家族は、ヘルパーやケアマネらとは違う決定的なものを持っているという。

「あの方たちはカルテに書かれた病気からスタートするんです。でも私には、この人が病気になる前の部分(歴史)があるんです。いきなり今の状態だったら誰が耐えられますか。お父さんにいろんなところに連れて行ってもらったり、子供たちと一緒に遊んだり、たくさんの思い出があります。楽しかった前があるから快護ができるんです」

奥野 修司 ノンフィクション作家

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おくの しゅうじ / Shuji Okuno

大阪府生まれ。立命館大学卒業。1978年から南米で日系移民を調査する。帰国後、フリージャーナリストとして活躍。1998年、「28年前の『酒鬼薔薇』は今」で、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を受賞。『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で、2005年に講談社ノンフィクション賞を、2006年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『ねじれた絆』『満足死』『心にナイフをしのばせて』など著作多数。

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