では、海外ではどうか。国ごとに医療制度が違うので単純に比較できないが、よく使われているのが国連の国際麻薬統制委員会(INCB)がまとめている報告書がある。ここにベンゾジアゼピン系薬剤を含む睡眠薬の人口当たりの消費量をまとめた統計がある(※注1)。
表に示すように、2015年の日本の消費量は67.8ミリグラムで国別では最も多かった。2018年公表分では、イスラエルやアイルランドなどの消費量が急増し、日本は5番目になっているが、それでもその消費量は極めて多い。アメリカは、日本の半分以下、英国は日本の10分の1以下だ。
(※注1) 数値は過去3年間の平均値で、単位は「統計目的のための1000人当たりの1日投与量」。各国が提出した製造量や輸出入などのデータをもとに、INCBが独自の計算式で算出している。ただ、日本で最も多く使われているデパスは統計には含まれていないなど、必ずしも実態を正確に反映しているとはいえない。
医師の「不勉強」への驚き
なぜ医師は危険性が指摘されるベンゾジアゼピン系薬剤の処方を漫然と続けるのか。実は、この問いの先に1番の問題が潜んでいる。
小田医師は、ベンゾジアゼピン系の危険性を知らない医師が多いことを挙げる。患者のかかりつけ医と手紙でやり取りをする中で感じることだという。
「医師が自分の処方した薬剤によって認知機能低下などを招いていることに気付いていない。昔、先輩から教えてもらった薬の使い方を、いまだにアップデートしていないのだろう。言ってみれば不勉強。まずは自分の薬が原因で悪くなっていないか、犯人は自分かもしれないという感覚が必要だ」
老年医学会理事長で学会の薬物療法ガイドラインを作成した東京大学大学院医学系研究科老年病学の秋下雅弘教授は、「ガイドラインは、所属する学会員以外にはあまり読まれていない」と嘆く。そのうえで臓器別に専門が分かれる日本では、老年病学などという横断的な分野のガイドラインに注目する医師は多いとはいえない。つまり危険性を「知らない」医師が多いということを指摘しているのだ。
【2020年1月23日14時30分追記】初出時の秋下教授のコメントにかかわる筆者の見解の記述を見直しました。
古い研究だが、こんな報告書がある。2011年の厚労科学研究費で国立精神・神経医療研究センターの三島和夫氏らがまとめた「高齢者に対する向精神薬の使用実態と適切な使用方法の確立に関する研究」で、睡眠薬・抗不安薬の処方の8割が、精神・神経科以外の「一般身体科」からのものであると報告されている。
日本では医師免許さえあれば、専門外であっても処方できるのだが、専門外の分野の薬剤を処方するなら、それ相応の知識と情報を得ることが大切だ。専門外だと論文などに目を通す機会が減るなど情報量は格段に少なくなる。危険性も知らなければ、副作用にも気付かないという恐ろしい事態に陥っている可能性もある。
この危険なベンゾジアゼピン系の薬剤、医療現場でどのように使われているのか。その驚くべき医療現場の使用実態が明らかになっていく。
(第2回に続く)
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