ベンゾジアゼピン系薬剤を減薬したら認知機能や過鎮静が改善したケースは、あちこちで聞く。だが、こうした症例は、減薬に取り組んでいる医師だから見抜くことができる。気づかずに見過ごされているケースがほとんどではないだろうか。
例えば、通院の場合は認知機能が落ちたとしても、薬剤が原因とは医師も患者本人も家族も考えない。急性期病院ではまずは治療すべき病気の治療が優先されるから、ここでも医師が気づくことはほとんどない。転院先の病院では元気な頃の患者を知らないから異常に気づかず、急性期病院の処方を継続することが多い。
そもそも医師が薬剤の危険性を知らなければ、副作用が起きても「お年ですから」と単なる老化現象で片付けられてしまう。たとえ薬剤を疑っても、複数の薬剤を服用しているから、原因を特定することは難しい。薬剤起因性老年症候群が、今の日本の医療システムの中で埋もれてしまっているのは、そういった事情がある。
認知機能低下の1~2割が薬剤性という衝撃
私たちの関心事の1つは、認知機能が低下した患者のうち、薬剤によるものが、どれほどの割合を占めているかということだ。小田医師の見解は、こうだ。
「認知症の疑いでやってくる患者の1~2割は、薬剤が原因というのが実感だ」
これはベンゾジアゼピン系薬剤だけでなく、同じように危険性が指摘されている向精神薬なども含めての割合だ。少し古いが、1987年にアメリカのワシントン大学医学部のチームが発表した論文では、認知機能の低下を招いた65歳以上の308人の患者のうち、約11%に当たる35人に薬剤の影響があったと指摘している。
2017年に日本神経学会が作成した「認知症疾患診療ガイドライン」でも、1999年のアイルランドの論文を引用するかたちで「認知機能障害を呈する患者の中で薬剤に関連すると思われる割合は2~12%」と推測している。
取材で知り合った関東の特別養護老人ホームに勤務する50歳代の看護師も、療養型病院に勤める40歳代の職員も、薬剤によるとみられる過鎮静や認知機能の低下をきたした患者が「2割~3割、あるいはそれ以上」と証言する。
いずれも1~3割というところで一致している。
認知機能が低下した1~2割が薬剤起因性老年症候群だと仮定しよう。厚生労働省の研究班が推計した2020年の認知症患者は602万~631万人だ。この患者の1割が薬剤を原因としたものだとすると60万人、2割だと120万人。とんでもない人数になる。