小田医師は、「認知機能の低下の原因に薬剤が関わっている患者が、それくらいいてもおかしくはない」と話す。
認知症患者の全員が薬剤を服用しているわけではないので、これは大雑把な推計にすぎない。だが、これがありえない数値だとは誰も反論できない。こういった副作用の本格的な研究がなされてはいないからだ。わかっているのは、さまざまな薬剤が認知機能の低下などを招く薬剤起因性老年症候群は、けっして過小評価できるものではないということだ。それが半年にわたって、この問題を取材してきた私たちの実感でもある。
海外では以前から危険性指摘
海外では、このベンゾジアゼピン系薬剤の危険性が早くから指摘されてきた。
1982年にカナダの保健福祉省が「The Effects of Tranquillization : Benzodiazepine Use in Canada」(精神安定薬の効果:カナダでのベンゾジアゼピン使用)と題する解説本を公表している。この中で「(ベンゾジアゼピン系薬剤の)ジアゼパムによる強いふらつきや過鎮静は若者と比べて高齢者に2倍以上発現する」などと注意を促したうえで「高齢者に使う場合は注意深いモニタリングがとくに重要だ」などと警鐘を鳴らしている。
アメリカで高齢者医療のバイブルともいわれている「ビアーズ基準」では、1991年の初版からベンゾジアゼピン系薬剤について注意を喚起している。2003年版の改訂版では危険性が「high」(高い)にランクされ、安全のためには「少量からの投与」を勧めている。2012年版では「使用を避けるように」と警告している。
日本でベンゾジアゼピン系薬剤の危険性を初めて公的に指摘したのは日本老年医学会だ。欧米と比べるとだいぶ遅いが、2005年に作成した「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」の中で『とくに慎重な投与を要する薬物』のリストを公表、「中止・変更を考慮する」と注意喚起している。ベンゾジアゼピン系薬剤は、このリストには当然、含まれている。
2015年の改訂版では、長時間作用が続くベンゾジアゼピン系は「使用するべきではない」と踏み込んだ表現で危険性を訴えている。
だが、この学会の注意喚起は医師に伝わっていないようだ。
厚労省が毎年、日本の医療関連データをまとめている「社会医療診療行為別調査」という統計がある。2003年以降の「催眠鎮静剤・抗不安剤」の1カ月間の薬剤料(入院・入院外と調剤の合計)が年齢ごとに集計されている。
75歳以上に限って集計すると、2003年は1カ月間に15億9561万円。その額は年を追うごとに増え、10年後の2013年には25億円を突破。その後は少し減ったものの、最新の2018年は18億8994万円だ。ただし、主な先発品の単価は、この間の薬価改定で3割前後引き下げられていることを考えると、実際の使用量はあまり変わっていないことがわかる。
さらに、75歳以上の高齢者に使われているベンゾジアゼピン系薬剤の錠剤数を見てみる。厚労省が医療関係の統計をまとめたナショナルデータベース(NDB)によると、精神神経用剤としてよく知られる「デパス」は、後発品も含めた2015年度の処方量は、75歳以上の高齢者で約4億5660万錠にのぼる。2017年度は4億2157万錠で、かなりの使用量を維持している。
日本老年医学会がベンゾジアゼピン系薬剤の注意喚起したのが2005年と2015年だから、これらのデータからみると、医師の処方行動には影響を与えておらず、一向に減っていない実態がうかがえる。