生還者が初告白、「海王丸」を襲った台風の恐怖 167人の実習生襲った恐怖、水迫る密室で何が
チョッサーとは船のナンバー2である一等航海士のこと。航海士を目指す実習生たちにとって、海王丸の一等航海士・八田一郎さん(当時42歳)は、憧れの的であり、最も頼りにする存在でもあった。実習生たちの精神的支柱とも言えるチョッサーが、避難場所の第1教室に姿を現さなかったのにはわけがあった。実は、船が座礁する直前、甲板での異常を知らせる警報器が鳴っていたのだ。荒れ狂う暴風雨の中、船外の状況確認をしに行ったのが、八田一等航海士だったのだ。
八田さんが船外に出るため扉を開けると、海水や雨が、痛いほどの強さで顔面に叩きつけてきた。波の様子を見ながら慎重に甲板を歩く。しかし襲いかかってきたのは、海で20年生きてきたベテランの想像をも超える、巨大な力の波だった。
大波にさらわれ、甲板に体を強打した八田さん。間一髪ライフジャケットが手すりに引っかかり、荒れ狂う海に流されずに済んだ。「もしライフジャケットを着ていなかったら私はここにいないかもしれない」。八田さんは当時の事をそう振り返る。その後、ロープで体を手すりに縛り付け、2時間もの間、甲板上で打ち付ける大波に耐えていた。
「もうダメかもしれない」。そう思ったとき、数メートル先にある扉が開いた。中にいる船員が自分を助けに来たのかもしれない。しかし不用意に甲板へ出れば波に流される。しかも開いた扉からは海水が流入し、船内の浸水が早まってしまう。
八田さんは決心する……「あのドアを閉めなくては」。痛めた体をなんとか奮い立たせ、命綱であったロープを外したのだ。再び巨大な波の直撃を受けたら、海に落ちるのは確実だった。波の周期を数え、一か八か扉へ飛び込んだ――。
水迫る密室で何が?
一方、船内では、浸水した第1教室から逃れた実習生たちが、安全な場所を求め別の部屋へと移動していた。しかし、そこでも、気がつくと水かさはもう胸まで達していた。冷たい海水の中に浸かったままの体は、もう冷え切っている。宮﨑さんはふと天井を見上げた。天井と自分の距離が、どんどん狭まっている。あと何分で水は天井に達してしまうのだろうか……。天井までの距離が、自分の余命だった。もはや、溺れ死ぬことばかり想像していたという。
実習生たちが絶望の淵にいたそのとき、一筋の光が差す。八田一等航海士が甲板から戻ってきたのだ。船内から歓声と拍手が湧き上がる。
八田さんはこのとき「ここにいる全員を絶対生きて陸に返す」、そう心に誓った。集団パニックを起こしてもおかしくないこの状況下で、八田さんの目に映る実習生らは冷静だったという。
宮﨑さんたちはケガ人をかばうために、水を避けられる机の上などを譲ってあげていた。長時間水に浸かっていると体温が奪われるため、比較的水の浅い場所にいる者が深いところにいる者と場所を交代する。互いが互いを思いやり、この窮地を耐え忍ぼうとしていたのだ。
さらに無線室では船外と連絡をとる一等航海士の補助に自発的に回る者もいた。死の恐怖に直面しながらもそれぞれが今自分にできることを考え行動していた。この行動を見た実習生たちが逆に勇気づけられるほどだったという。