生還者が初告白、「海王丸」を襲った台風の恐怖 167人の実習生襲った恐怖、水迫る密室で何が
実はこの時、大型で強い台風が日本列島を縦断し、海王丸が錨泊する富山湾へと刻一刻と近づいていたのだ。宮﨑さんたち実習生の教官でもある航海士たちも台風の危険性に気づいてはいたが、大きな影響はないと考え湾内にとどまる決断をしていたのだ。
だが、大自然の猛威はその想定をはるかに超えた力で、海王丸に襲いかかる。総重量約30トンの錨を下ろしていたのにもかかわらず、予測を超える波風の威力によって引きずられ、22時47分、伏木富山港の防波堤に激突、座礁したのだ。
「全員、ヘルメットとライフジャケットを着用し第1教室に集合せよ」。船の異常事態を知らせる船内放送が宮﨑さんたちの部屋にも流れる。しかし船外の状況がまったくわからない中、慌てて部屋を出た宮﨑さんの目に飛び込んできたのは信じがたい光景だった。廊下が水浸しに、まるで川のようになっていたのだ。
いったい何が起きたのか‥‥
水の高さは、宮﨑さんたちの足首まであった。冷たい海水にくるぶしまで浸かりながら先へ進むと、さらに異様なものが待ち構えていた。階段の上から水が落ち、まるで滝のようになって行く手を塞いでいる。いったい船に何が起きたのか? 無我夢中で集合場所の第1教室へと向かうと、そこにはほかの実習生たちがすでに集まっていた。
海王丸は大まかに4層構造になっており、第1教室は甲板のすぐ下のフロアにある。ここまで上がれば水も来ないだろう……そう安堵した次の瞬間、宮﨑さんたちに新たな恐怖が襲いかかる。
巨大な波の力で船の強化ガラス窓が割れ、海水が一気に流入。室内の水かさはどんどん高くなり、瞬く間に宮﨑さんたちの胸にまで達した。
その間も船は上下左右に激しく揺れ、教室内の水がうねりを起こし、宮﨑さんたちに襲いかかった。教室の床にねじで固く閉められていたはずの机やいすも外れ、生き物のように暴れ回る。洗濯機のようになった教室内で、宮﨑さんたちにぶつかってくるいすや机は凶器そのものだったという。さらに非常発電機が停止し船内は闇に飲み込まれた。
そんな極限状態の中でさらに宮﨑さんたちを絶望させる、教官らの会話が聞こえてくる。「“チョッサー”がいないらしい……」。